今日は祖母の月命日だったので、たまたま休みだった私は、一人でお墓参りに行ってきました。
電車とバスと乗り継いで、徒歩20分。郊外にある大きな霊園の真ん中に位置するお墓。
午前中に家のことをして、お昼に家を出て、道に迷って、着いたの14時過ぎ。。。
でも、雨も降らず、誰もおらず、お墓に話しかけながらお掃除をして、お花をとお線香と祖母の好きだったケーキと祖父が好みであろうケーキをお供えしつつ、近況報告をして、のんびりしてきました。
しっかし、独り言が激しすぎて、笑えてくるほどでした。
みんなこんなもん???
カラスが遠巻きにカァカァと相槌を打ってくれていました。笑われていたのかも?
そして、大きなぶーニャンがいました。とても太ったタヌキのような、茶色と黒のまだら模様の猫。。。
お供え物の残りで生きているのか…、気になる所だけど、次回もいたら仲良くなりたい。
カラスとぶーニャンにケーキをあげる義理はないので、そのまま持ち帰って、1個だけ食べました。
とりあえず、今日祖父母に言ってきたのは
意志あるところに道あり!!!
って話と、
ひ孫はもう少し待ってね・・・
って話です。
しかし祖父母は、ケーキをどっちがどっち食べるかでちょっと揉めてたんじゃないかと思うので、私の話をちゃんと聴いてくれてたかわからない。
でも私は、満足しました☆
来月も、お墓参りします。
決意は固いのだ。。。!!!
〆
今月は祖母の四十九日があります。
何かの手違いで、変な写真だけがアップされていたけれども、お葬式は穏便に、素敵なものになりました。
祖母と私が住んでいた家から、昔の写真が発掘されました。
手前が私。奥が祖母と妹。その奥の、こちらを見て笑顔の男性は全く知らない他人です。
幼いころの私が今の私に面影が全くないのでUP。色んな人に見せたけど、みんな言う。
「面影、ないね(笑)」
と。
この頃は、服装からもわかるように、とても愛されていて、大事に可愛がられていました。
祖母との思い出は、ふとした瞬間にぎゅっと現れるけど、幼いころの思い出は、楽しい思い出しかない。
私のルーツは祖母
と思うだけで、とても嬉しい気持ちになれる。
でも、祖母のお葬式の日、妹に打ち明けたことがあります。
私は、祖母との6年の生活の中で、
祖母の認知症と私の大学生活と社会人生活に堪えかねて、
祖母を、手に掛けようとしたことがあります。
もちろん、私も後を追うつもりでした。
だから、
祖母のお通夜の時
当時のご近所の方から
「ふうこちゃん、あの時頑張ってたね。学校に行きながらおばあちゃんの面倒看てお散歩してさぁ。車いすでよくお散歩してたでしょう。お家の段差、大変だったよねぇ。段差けっこうあったもんねぇ・・・」
って、言われた時
全然頑張ってなかった
って思いました。言葉に詰まりました。
あの頃の私、どうしたら楽になれるかばかり考えていたので。
祖母を手に掛けようとしたこと
誰にも助けを求められなかった。
だから、私は、幸せにはなれない
きっと地獄へ堕ちます。
母には、言えない。
後悔しかない。
お通夜の日、祖母の棺へ、手紙を入れようとみんなに提案しました。
レターセットをたくさん用意して、お通夜の晩、みんながそれぞれの思いを書きました。
私は、祖母へ、お詫びと、母のことは私が責任を持つと書きました。
もう、バカなことは考えないつもり。
妹にだけ、泣きながらカミングアウトしたら
「お母ちゃんには、言わないであげてね」
って、あの子は言ってくれた。
妹は、祖母の死に目に1人だけ会えませんでした。原因は色々ありますが。
そのことで、自分を嘆き、母を恨み、お葬式の後、母と関係が悪化したけども、でも、私のカミングアウトで、「お母ちゃんに言ったら、あの人精神的に余計におかしくなるから、言わないであげてね」って、天の邪鬼だけど、母に優しかった。
私は、母から妹への愚痴や色んな事を電話で聞かされるけど、そのことがあるから、妹のことを悪く言えない。あの子はあの子なりに、母親想いなのです。
親子は色々あるけど、家族なんだなぁと。
私は、来年、実家に帰ります。多分。
その方が、みんなが落ち着くという結論。
みんなが幸せになりますように☆(無理矢理)
〆

