国立国際美術館の 「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」展。
まだ開館前。この後、さらに開館時間が近づくと入場の為の列ができます。
10/19の新聞記事で初めて知って、行く日の10日くらい前に突然予定を決めました。
前に受胎告知のなかでティツィアーノの絵がいちばん好きと書いたのですが、本当に好きで、しんどい時とか時々画集を開いて見てました。
この絵だけじゃなくて、学生の頃からティツィアーノ自体も好きで、もっぱらセザンヌとボナール推奨の油画コースのなかでちょっと孤独でした。
完全に環境が変わって何年も経っても、やっぱりティツィアーノが好きで、本当に好きなものは変わらないということが嬉しかったりします。
目的の受胎告知の前にこちらのヴィーナスの前で何かこみあげてきました。
(ゲロじゃないですよ。)
画像の色が悪いのですが・・・。
肌が背景に溶け込む感じとか、その肌に覆いかぶさる布の、布と肌の間にあるわずかな空気の柔らかさとか、髪のタッチとか・・・。
こんな風にものを見る事なんか、普段の生活のなかで全然ない。
まぁ、ましてやこんな美しい女性を美しいと思って見ることもないのですが。
この絵は額縁にクピドが無数に彫刻されてました。
額装した人の、絵に対する愛情がすごい。
『受胎告知』は想像以上に大きかった!
絵の前に立った瞬間を思い出すと、今でもじわっと来ます。
空ももちろんすごいけど、空を見ると頭のなかが無になってまばたきを忘れます。
地面(床)は石造りなのでいかにも重たげで、視点の高さの差はあっても私たちと地続きで、マリアと天使がしっかりとその上に足を着け、その体重は地面と一体です。足と地面の意味合いは大きいと思う。
床のチェスボードの様な模様は赤く、延長上の彼方の水平線に向かって、天使の左の翼が雨のように、避けられない、逃げられない何かのように降り注いでいます。
そんな感じで、主に、空、地面、翼、とぐるぐる繰り返し見てました。
ある時私の頭の後ろで鼻をすする音が聞こえた。
顔は見なかったけど高校生~20歳前くらいの女の子だろうと思う。
母親らしき人になだめられながら去って行った。
私は大人なので音は立てられず、ダラダラと垂れ流すまま。
ポストカードはこの4枚買い。
カインとアベルは羊の頭にああっ!ってなってしまったので・・・。
あと今『インカ帝国地誌』を読んでいるので、本のなかでしきりに語られる食人のことも頭をよぎらないでもなく。
福山に戻って来たら、前日のアンデスの音楽の演奏をこの日もやっていて、時間帯が違ったので本当に思いがけなかった。
もしかしたら終い支度の後だったかもしれないのに、演奏者の人はリクエストを聞いてくれた。けれどこの日は場の雰囲気が悪く、私は最後逃げるように帰ってしまった。
尾道の方が荒んだ物言いをする人が少なく、異文化の音楽はとても喜んで受け入れてくれそうです。







