子供というのは、本当に野蛮な動物である。

こちらが本番前の最後の合わせをしているところに来て、指揮をし始める。
音楽家の悲しい性か、その指揮に合わせて歌おうとするけれど、その頃にはもう、指揮棒としていた割り箸を上に放り投げて遊んでいる。
4拍子の4拍目の浮遊感が気に入って、そうなっているのだ。割り箸は4拍目の浮遊を、それから3、4分は味合わなければならない。いい迷惑である。

ぼくが控え室に戻ると、いつの間にか部屋の端に椅子と小さなテーブルを使って基地を作っている。控え室はぼくの領地でもあるのに勝手に基地を作るとは、アメリカも真っ青の野蛮さである。
しかも彼はその基地に入るための暗証番号も求めてくるのだ。
我々大人が打ち合わせをしているときに、数字の羅列を野蛮な動物が散々叫んでいたのをぼくは念のため覚えていたから、それを言ってみた。

「000123」
「…よし、入れ」
24歳も上の大人に向かって入れとは何事か。

ぼくは基地の入り口の椅子を退かせて入ろうとすると、ちがう、ちがうと言われる。
「机のしたから!」

野蛮な動物はサイズ感が把握できない。でも大人のぼくにはわかる。
その小机の下は、ぼくはもう通れないのだ。

基地に入る前にトイレにいく、と言ってトイレに逃げこみ、動物が別のことに気を取られるのを待った。
彼はしばらくするとトイレの近くに来て、侵入者発見!侵入者発見!と言い始めた。
「大砲を準備しろ!」

人がトイレに入っているところを大砲で吹き飛ばそうとしている。

ぼくは、吹き飛ばされるなら、ようを足したあとでありますように、出来れば、大砲を発射せずこの場を離れますように、と願っていた。

音が聞こえなくなったのを見計らってトイレからでると、空気がツンと静かになっていた。

足音に気をつけながら控え室に戻ると、動物はぼくに小さな四角い物を渡して来た。中心が赤く、その周りが白く、さらにその周りが青い。
「それがあれば暗証番号なくても入れるよ、あげるから、ほら入って」

ぼくはスリッパを脱ぎ、腹ばいになり、ため息をつき、暗証番号がいらなくなる小さな四角い何かを握りながら出来る限りお腹をへこませ、基地の入り口に向かった。
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