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最近親ガチャという言葉が耳に入るようになった。
その言葉が生まれた理由を解説しているのを聞いてなんとなくそのままにしていたのだが、この頃その言葉が引っかかるようになったので考えてみた。
○親ガチャ→子供側からのラッキーアンラッキー→親側→子の素質に自分が当たりハズレを認識→子により良い素質がなかった→周囲との比較
○人に当たりハズレの概念→どこから→気が合わなければ別れる→シングルで育てる→カップルとの圧倒的な経済格差→その貧困側の子供が感じる差を親ガチャという名詞で特定する。
親ガチャという差別や倫理が意識にのぼってくる言葉への嫌悪感は、その言葉への周囲の評価。
現実に貧困が増えすぎたゆえにそこから的を射た言葉以外の何ものでもない。
親ガチャという言葉が現れるようになった人と人の関り合い方の変容に問題がある。
長いことかけて過ぎてきた時間の結果、今ある社会問題は本質的な部分で良かった時には戻らない。
だから国は貧しい側へのチャンスを奨学金制度という形で援助している。
ただ学習能力や運動能力、容姿にまで親ガチャに当てはめだすと失敗しないことを目指すような結婚感が王道になる。
繁栄という感覚的なものからポイントを絞り込んだ結婚感へ変容すればハズレを避ける時点で少子化が増す要因となる。
禅の僧侶が人間は極端に傾く生き物であると説いているが、それでいくとハズレ回避行動は当然人間が行きつく思考といえる。
しかし一方で僧侶はもう片方の理解をすることで行いに変化がもたらされるという。
それはこの場合でいえば動物の子孫繁栄の目的となる。
この繁栄の認識をしていれば結婚感への構築に変化がもたらされると信じたい。