Make a wish〜ラージボーラーの足跡

Make a wish〜ラージボーラーの足跡

2018年3月3日よりアメブロ復活。
主に卓球のことやプライベートなことを想い感じたまま綴ってます。

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今日は職場の送別会でした。

良い人達ばかりが辞めていく。

おつかれさまでした。

4月から主任だ。がんばろう。

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R1グランプリで濱田祐太郎が優勝した。

彼は目が見えず世間でいう視覚障害者。

自らの障害を自虐ネタとしキレの良いトーク。

盲目の漫才師と言われているらしい。

ハンディキャップ??

バリアフリー??

いやいや、誰よりも彼は強く、そしてタイトルを獲得したよ。

本当に感動しました。ありがとう。

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昨年4月に卓球を再スタートさせて、もうそろそろ一年になる。

試合の感覚も鈍ってるし、昨年は沢山勝てる試合も負けた。

タイトルも一度も取っていない。

ラージと硬式の両方をやっているが、今の気持ちはラージのほうが思い入れが強い。

どちらかといえば、硬式は楽しむ感覚でラージは真剣に取り組んでいるところがある。

去年沢山負け続けてきたおかげで、ようやくラージのコツを掴んできた気がする。

そして今年に入り、ラージも硬式もようやくタイトルを取れるようになってきた。

でも、ラージの実力はまだまだである。

チームYでの練習では、レベルは上がっていかないので、他のクラブチームに現在は練習に行っている状態だ。

さて、このブログを再開して、卓球の出会いからこれまでのことをこの数日綴ってきた。

次回からは、リアルタイムの出来事や心境を綴っていけたらと思います。

今年の僕の目標は、全日本ラージボール選手権の出場である。

来月はいよいよ予選会だ。

頑張って練習しなければ。


高校を卒業した僕はすぐに地元へ帰り、地元の社会人の卓球クラブへ所属した。

高齢から同世代までバランスの取れたチームだったけど、同時期に同世代が集まったチームだったのでサークルのような形で楽しかった。

そう、また卓球への楽しさを持てた。

中学時代の楽しさとは違って、試合に勝てる楽しさでめあった。

それに、そのチームにいた女性と付き合うことにもなってプライベートでも充実していた最高の時代だった。

出る試合はほとんどタイトルが取れた。

強豪校卒で地元に帰れば、もはや英雄みたいなもの。

同世代とつるみながら楽しく卓球ができ、それに加えて恋もしていた訳だから、幸せの絶頂期だったのも無理はない。

その恋人は、今では妻となっているわけなんだが。

そんな楽しく幸せな毎日を送っていた僕だったが、23歳の時に卓球をやめてしまった。

ばあちゃんに卓球を出逢わせてもらえて、卓球少年だった中学時代、インターハイ出場レベルまで強くしてもらった高校時代、社会人となって英雄気取りで順風満帆な時期を過ごした社会人時代を経て、僕は卓球をやめてしまった。

何故か?

イップス。

当時はイップスなんていう言葉はなかったが、強豪校卒というものを背負い、チームとしては勝って当たり前という立場、そんなものがある試合の敗戦から負のスパイラルに陥った。

当時は若く英雄気取りでプライドも高かった。

こういうことからも全てが悪循環になり、あんなに好きだった卓球を全くやらなくなり、ついにはラケットを封印してしまった。

結婚も控えていたことから、イップスから逃げる道も自然とできていたような気もする。

とにかく戦うことが恐怖であり、卓球するのは好きだけど試合となると極度の緊張に陥り試合出ることが辛かった。

こんなに辛いことと、結婚という幸せなことがあまりにも両極端で…

僕は23歳で卓球をやめたんだ。

あんなに大好きだった卓球をやめた。
ある強豪校へ進学した僕は、そのレベルの高さとハードな練習に驚愕した。

高校入学前から春の合宿に参加し、まず部員の多さに驚いた。

男女合わせて70人はいただろう。

同級生の中でも僕はダントツで弱い部類。

したことのない筋トレや練習量の多さ。

監督や先輩の恐ろしさと厳しさ。

予想をはるかに超越したレベルだった。

県大会すら行ってなく基本もできていない僕が、この環境でやっていけるのかどうか…

当時の心境は、そんな不安を冷静に考える余裕すらない状況だった。

中学を卒業し、初めて親元から離れての寮生活。

先輩との共同生活は、堪え難い厳しいものだった。今の時代では、きっと問題となることは日常に起こっていた。

楽しい卓球が厳しい卓球へと変わっていったが、やめたいとは一度も思わなかった。

技術も少しずつ進歩していき県大会にも出場する機会が普通となったけど、県大会ではすぐに負けての繰り返しだった。

このままレギュラーにもなれず、ある程度上手くなって高校を卒業していくのかと思ってたが、3年が引退した2年の秋頃に状況が一変した。

県大会で中シードを破りベスト8に入ってしまった。

それが僕の自信となり、さらに技術のレベルも上がっていくことになった。中国大会ではベスト16に入り、この成績でレギュラーを掴むことができた。

同級生の中で最弱だった僕が、3年生になってレギュラーを勝ち取った。

そしてインターハイへ出場も決めた。

結果が出るというのは、自分の自信となりそれが力となる。

この力はさらなる成長を生んだりする。

それは僕が体験した事実だった。

結果的に、僕はその強豪校でレギュラーを務めインターハイ出場という目標も成し遂げ、僕の高校生活は終わった。

僕にとっての高校生活は、卓球漬けの毎日であり心身ともに鍛えられたものだった。

そして卓球のレベル的にも人間的にも大きく成長できたことが、今となっては感謝でしかない。