先日、友人の命日にお線香をあげに行きました。
コロナの初期に亡くなった彼。
親友でした。
このブログを読んでくださっている新聞社の方が記事にしたいとおっしゃり、ご家族と繋ぎましたが、取材にオッケーが出るまで半年。
記事は翌年の命日に合わせて出していただきました。
取材されたのは、お母さま。本人も、彼を病院に運ぶために濃厚接触。感染し、退院したときには息子は亡くなっていました。
まだ、コロナが良く分かっていなかった時期。言われなき差別を受け、ほとんど村八分の状態がしばらく続いたそうです。
私にとって、彼は親友。毎年、一緒に海外に行き、普段からもよく食事に行ったり、共通する趣味の話をしていました。
彼を失って、一番辛いのは、ふと気づくといないこと。彼が喜びそうなものを見つけると、すぐ電話していたのに、かけられない。今でも、つい電話しそうになります。
そして、亡くなったことを思い出し、涙する。
2年経っても変わりません。
ブロ友さんにも、ご家族を亡くされて、辛い思いをされている方がたくさんいらっしゃいます。
ご家族ならば、普段から一緒なので、余計に苦しいでしょう。
先ほどのお母さまはおっしゃいます。息子がいなくなったのは、どうしようもない。前を向いて、息子の分まで私は生きるんだ、と。
そして、他の息子たちとともに、私が生きるのを応援するのだ、と。
ここまで来るのに、2年かかりました。この2年間、苦しい日々だったと思います。
時々、お電話して、近況を話し、元気をいただいています。
私のブログで元気をもらった、というメッセを時々いただきます。こんなブログでお役に立てるなら、と続けています。
再々発しましたが、今回も運良く手術出来るそうです。
Kさん、ご主人とお会いすることは叶いませんでしたが、ご主人の分まで生きていきますから。
いつものコメダで、ココアとシロノワール香和、一切れ。
お昼は大阪王将で一口しか食べられなかったので、これがお昼でした。

