筆者はこの言葉が嫌いである。
理解する力。
理解はして当然だし、されて当然であると考えています。
in put と out put の問題なのです。
共に理解する、理化される努力が大切だと考えているからです。
先日、アンケート実験のお手伝いをいたしました。
どうやら、この理解される能力が困難な方が多いという結果が出たようです。
まぁ、日常を過ごしていて思ったこことであり、当然の結果やなぁと思った次第。
しかし、集計をさえた方の一人がこの実験はバイアスがかかっていると揉めていました。
その理由は説明する側の説明不足で、理解してアンケートに答えていないという事。
話を聞けば聞くほど???なのですが、まぁそういうことも実験の一つとしているようです。
自分の理解不足をよそ様のせいにするのは違う気がします。
やはり県民性なのでしょうか?
それとも民族的な問題なのでしょうか?
東京出身の私にはわかりませんが非常に面白いです。