筆者は思う。

 

沖縄のお子さんは行儀が悪い。

 

全員が全員とは言わない。

少なくとも、目立つ、目につく範囲で行儀がなっていない。

別に筆者の子供の頃(野山を駆け回っていた当時)と比べれば・・・

と言われるかもしれないが、現代においてというべきかもしれない。

 

なにをもってそう思うか、なのだが。

 

地方スパーの雄サンエーで買い物をしていた時、お子さんが走る走る。

店内を走り回る。

大声を出す。

そして、筆者にぶつかる。

 

『ごめんなさい。』が言えない。

 

親も親である。

『すみません。』ではなく、お子さんに『あぶないよ。』で終わりである。

筆者に一言ないのだ。

 

これだけならまぁ、常識のない・・・と思う程度なのだが、こんなパターンはよく見かける。

 

 

ファミレスでは土足でシートの上に上がる。

それを注意しない親。

そして深夜にまみれすに来ること自体もどうかとおもうのだが・・・。

 

色んな場面で見かける。

大声で、奇声をあげ騒いでいる。

この姿は、みっともないし、行儀がなっていない。

それを注意する親もいない、周りもいやな顔をあまり出さない。

 

10名ほど方々に聞いてみたところ、

迷惑ではある。

嫌な感情はある。

頭が痛くなる。

注意をしたら揉めるから無視。

知り合いの知り合いだった場合めんどくさい。

といった意見もあった。

 

しかし

やんちゃで元気があってよい。

自分もそうだった。

気にならない。

 

といった意見もあった。

 

これは、お子さんの行儀の問題ではなく、周囲の親を含む大人の問題ではあると思う。

 

自分だけがいいと思っているのではない。

しかし、周りに対して気を遣うことができない。

しないつもり、ではなく、気を遣うことすらわからない。

 

お子さんの行儀が悪くマナーがなっていないのは、それを教育する親や周囲の大人のマナー不足であると思う。

 

こんなことは、沖縄県いがいでは見かけることが少ない。

もし、あったとしても社会的に相手にされなかったり、疎遠にされるだけである。

 

沖縄のお子さんのマナーの悪さや行儀の悪さは、それを育てている大人と呼ばれる年齢層の者のマナーが悪く、行儀が悪い。

これの鏡であると筆者は思う。

 

沖縄

 

確かに、住みやすいところもあり、素晴らしい海は綺麗だ。

しかし、住んでいる人間は果たしてそうであろうか?

40年遅れていると言われる部分もあるが、

40年前の日本人は常識的であり、マナーや行儀を重んじていたと思う。

沖縄が変わらなく、下に見られるのはこういった行動が馬鹿にされているからだと思う。

意識改革は重要である。

 

行儀という言葉を追う一度考えてみたい。