急遽、また実家に戻っていました
後ろ髪を引かれながらも
花好きの母はいつも
庭いっぱいにお花を植えているんですが
今年の夏は特に暑かったので
上手く咲かせられなかった花もあったと
残念そうに話してくれました
とはいえ、元気な花もあったそうで
朝顔とトレニアには
随分と楽しませてもらったと
嬉しそうでした
(朝顔は見頃を過ぎていました)
再発してしまいました
手術不能とのことで
何も治療しない場合の余命を聞いて愕然としました
母がいないと何もできない父
いくつも持病もあるので
そちらも心配です
結局、親子で話し合って
抗がん剤治療をすることにしましたが
不安は尽きません
母は術後の経過もよく、
不自由も感じながらも元気にしていたので
なんだか実感が湧きません
本人もまた然り
それにしても、今は普通に本人にも
末期ガンを告知するんですね?
主治医が検査結果を説明するのに
両親だけではダメで
頑なに「子供さんと一緒でないとダメ」と
言っていたので
少しは覚悟していましたが
本人も同席だから
そこまで酷くはないだろうと
思っていました
ガンは不治の病ではなくなったからなのか
もう高齢で 十分生きたから
余命を全うするためには
本人も知っておいた方がいいという
先生の判断だったのか
本人は
隠されている方が嫌だったから
聞いてよかった、と。
母の姉が やはりガンで
50歳そこそこの若さで亡くなったのですが
本人には告知されておらず
家族もひた隠し
とても仲良し姉妹だったせいか
母も知らされてはおらず
亡くなってからそのことを知った母
姉は本当は薄々気付いていたけれど
知らん顔をしてたのではないかと思う
そう思うと辛い、と言っていたので
そのことも思い出しての
気持ちだったのかもしれません
今は特に耐えられないような症状はなく
再発なんて本当かいな?
とか
年金は十分にいただいたから元は取れてるね
だから心残りはないわー
とか
早期退職したおかげで
まだ動けるうちに十分遊べたから
悔いはないわー
なんて
冗談を言ったりして
元気そうにしていますが
主治医の説明では
今、急に悪化してもおかしくない程の状態だと
いうことだったので
不安な気持ちを抱えながら
でも私にも家族との生活があるので
実家をあとにしました
人はいつかは必ず死ぬ
ましてやここまで長生きして
苦労も多かったと思うけど
やりたいこともたくさんやれて
夫婦も円満で幸せな結婚生活だったみたいだし
何をそんなに悲しむのか?と
思われるかもしれません
でもやはり
身近な人の死というのは
幾つであっても
簡単に受け入れられるものではないんだなーと
ひしひしと感じています
綺麗だよー、見てごらん?と声をかけたら
母はちらっと見ただけで
あー本当やね!キレイキレイ
と
いつものようにアッサリと
でも父は
私に促されて
辿々しい足取りで二階のベランダへ
しばらく空を眺めていました
何を考えていたのかなー?
これから父と母に子供としてできること
兄とも話をして
考えていこうと思います
長くなりましたm(_ _)m









