多くのGIDの人間はよく「小さいころから自分を女(男)だと思っていた」と言っているが私自身はそういったわけではなかった。
疑問が一切なかったわけではなかったが、幼稚園のころまでは自分がどっちとか意識したことはなかった。よく小さい頃は祖父と「男同志」とかと言っていたが、それは自分が自分自身の身体にまだ違和がなく、一時的にペニスがあるだけでいつかは母のような身体になると信じていたからだ。

幼稚園に入園し、発表会の役決めの時、「ああ私は男の子なんだ」と認識する出来事があった。私がやりたいといった役は他は全員女子で、私だけ男子。私自身はそれが普通だと思っていたが、先生たちから見たらそれは普通ではなかったようだ。何度も何度も反対された。でも私はどうしてもやりたいと言った。結局私だけ半ズボンという形になった。

小学生になり、黒いランドセルを買ってもらった。正直その時は赤のランドセルの存在なんて知らなかったので、初めて小学校に行ったときちょっと微妙な気持ちになった。でも当時はまだまだ男子トイレとかも平気だった。3年生のころLet's go いいことあるさという曲に乗せて全員で踊るときがあった。その時3年2組の男の子が女子役としてスカート穿いて踊っていた。これは先生やクラス全員から反対されてしぶしぶ別の役に変えた私が一番最初にやりたいと言った役だった。彼女自身に一度だけ面と向かって聞いたことがあった。「なんでスカートはくのか」と。すると「私は自分のこと女の子だと思ってるの♪」と帰ってきた。唖然としたが、そういうこともあるのか。そういったこともできるのか。と思った。でも親には口が滑っても言えなかった。小さい頃から髪を伸ばさせてもらえなかった。それについてはよく祖父に反抗していた。「なんで○○くんは長いのに僕は短くしなきゃいけないの?」と。すると金がないんだよとかの答えが返ってきた。今考えてみたら短髪はただ単なる家族の趣味の当てつけだと思う。言葉が適切ではないかもしれないけどいい迷惑だった。

小4で四日市に引っ越したころから二次性徴が始まった。だんだんと低くなっていく声、硬くなっていく身体、濃くなっていく体毛、髪を長くしたかったのに「短くしなさい」と言われ強制的に短くされ、しまいには「男前と言われる始末」...男女がそれぞれ別々の線路を走っているようにまったく別々の形に変わっていく...何で私は男なんだろう。漠然とした中で初めて自分の身体への違和感が生まれた。夢精をはじめとする精通には耐えられなかった。ちょうどFtM(女性から男性への性同一性障害)へ起こった生理と同じ感覚だと思う。「私は男なんだ。」そう言われているというか罵られている。そんな感じがした。

ちょっとなよなよすると「オカマ」と言われ、過剰に男性を演じようと思った。乱暴な言動、行動をとるようになった。社会から逸脱しないためにはその方法しかなかった。歩くときはガニ股で、一歩一歩大きく、なよなよしているって思われないように私は必死だった。私は一体何なんだろう、そう思いながら中学へ進学していく。

中学では学ランを着ていた。当時は性同一性障害なんて言葉も知らなかったし、まさか自分のこの状態は「自分の体の性別に違和感があり、他の性別に持続的な同一感がある」なんて思っていなかったので、女子制服がいいなぁとは思ったが口が滑っても「着たい」とは言えなかった。中学で彼女を作ろうとした。彼女を作ることで心身的にも社会的にも完璧な男子になれると思っていた。でも結局BもCも行かなかった。というかいけなかった。女性に性的な魅力を感じなかった。同性愛かもしれないと思ったけど、当時インターネットで調べた結果をみるとどうもそうではないように感じた。

中学にもなると男子は男子らしい、女子は女子らしい体になっていく。私も声が低くなっていたっが筋力などはどうも男子並みではなく、体力測定の結果などを見ても女子並みの結果だった。男性の視点で一言でいえば「ひ弱」なのである。ちょっとでも担任の女性教師や女子と仲良くするといじめられた。どうしてかわからなかったけどいじめられた。殴られたりけられたり。親はやられたらやり返せって言ってたけど、私にはとてもできなかった。ちょうどこのころからまわりの女子生徒にあるような乳房がほしくなってきた。小学生のころにも「膨らんだらいいな」と思いドカ食いしたことがあったが、その感覚とは違っていた。夢に出てくる私は女性制服を着て女子の輪の中に入っていた。でもそういう夢を見ると夢精する。こんな自分が嫌になってきた。近鉄ダイブしようとも思った。

進級したとき、たまたま保健室に腹痛で直接登校したことがあった。そのとき養護教諭と一つ下の後輩がけんかしていた。その後輩が女性から男性への性同一性障害だった。彼自身スカートがすごく嫌だと言っており、常に教師に反抗していた。男性担任教師には「スカートをはけ」と言われており、彼はその教師に「じゃあお前がはけ」と言っていた。その瞬間を見てしまい私は爆笑していた。当時は性同一性障害という言葉を知らなかったので私も同じタイプだと思わなかったが、なんとなく言っている意味はわかっていた。

中2の冬、中部日本放送で金八先生第6シリーズをやっていた。その中で出てきたのは「性同一性障害」。こんなことがあるのか。私だけではなかったんだ。そのころから性同一性障害について四日市市立図書館や三重県立図書館、近鉄の中の本屋、インターネットで調べ始め、間違いないと確信して行った。自分の体に違和を持っていたこと、女性に性的な魅力を感じなかったこと、二次性徴が本当に嫌だったこと、女性のような乳房ができたらいいのに...そう思ったことは間違いではなかった。