「噂話」説と「川の近くにライオンがいる」説の両方とも妥当なのだと思われます。とはいえ、私たちの言語が持つ比類ない特徴は、人間やライオンについての情報を伝達する能力ではありません。むしろそれは、まったく存在しないものについての情報を伝達する能力です。見たことも、触れたことも、匂いを嗅いだこともない、ありとあらゆる種類の存在について話す能力があるのは、私たちの知るかぎりではホモ・サピエンスだけです。

 伝説や神話、神々、宗教は、認知革命に伴って初めて現れました。それまでも、「気をつけろ! ライオンだ!」と言える動物や人類種は多くいました。しかしホモ・サピエンスは認知革命のおかげで、「ライオンはわが部族の守護霊だ」と言う能力を獲得しました。虚構すなわち架空の事物について語るこの能力こそが、ホモ・サピエンスの言語の特徴として異彩を放っています。

 虚構のおかげで、私たちは単に物事を想像するだけではなく、集団でその存在を信じることができるようになりました。聖書の天地創造の物語や近代国家の国民主義の神話のような、共通の神話を私たちは紡ぎだすことができます。そのような神話は、大勢で柔軟に協力するという空前の能力をホモ・サピエンスに与えます。オオカミやチンパンジーは少数のごく親密な個体とでなければいっしょに力を合わせることができません。ところがホモ・サピエンスは、無数の赤の他人と著しく柔軟な形で協力できます。

 人びとは長い年月をかけて、信じられないほど複雑な物語のネットワークを織り上げてきました。この物語のネットワークを通して人びとが生み出す種類のものは、「虚構」、「社会的構成概念」、「想像上の現実」などとして知られています。

 想像上の現実は嘘とは違い、誰もがその存在を信じているもので、その共通信念が存続するかぎり、その想像上の現実は社会の中で力を振るい続けます。シュターデル洞窟の彫刻家は、ライオン人間の守護霊の存在を心の底から信じていたかもしれません。魔術師のほとんどは神や魔物の存在を本気で信じています。百万長者の大半はお金や有限責任会社の存在を信じています。人権擁護運動家の大多数が人権の存在を本当に信じています。

 ホモ・サピエンスはこのように、認知革命以降ずっと二重の現実の中に暮らしてきました。一方には、川や木やライオンといった客観的現実が存在し、もう一方には、神や国民や法人といった想像上の現実が存在します。時が流れるうちに、想像上の現実は果てしなく力を増し、今日では、あらゆる川や木やライオンの存続そのものが、神や国民や法人といった想像上の存在物あってこそになっているほどです。

参考ウェブサイト、書籍

誰かに話したくなる日本人のルーツ「認知革命」https://okinosimatetsu.jimdofree.com/%E8%AA%8D%E7%9F%A5%E9%9D%A9%E5%91%BD/

ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田裕之訳 「サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福」 河出書房新社