前回の投稿で、世の中と自分の中の世界が乖離していく危うさ(「何故、自分の社会が世の社会と離れていくのか?」としましたが)について書きましたが、「じゃあどうすればいいのかな?」と考えたときに、私なりに出てきた簡単な方法を今回は書いてみたいと思います。
では、自分のムラ社会に篭ることなく、外の世界と向き合うために私なりに実践していることしか述べられませんが、シェアしてみます。
①インプットは大切
まず大前提としてインプットの大切さです。
「何が起こっているのか」を知らないことには、何もできませんよね。
方法は本当に多々存在していると思います。
・新聞を読む
・テレビニュースを見る
この二つは保守的な方法ですが、まだまだマスメディアの影響力は大きいので大きなトレンドをピックアップできます。
加えて、
・ニュースアプリ(私はNewsPicksとロイターを読んでます)
・FacebookやTwitter(もちろんここは、フェイクが混ざる確率が多いにあるのでソース元に注意が必要ですが)などのSNS
もかなり有効な手段です。
SNSの良いところは、自分の興味ある分野の方をフォローしているだけで、自動的にその方向のアンテナが強くなるということです。(もっと他にもありますが、インプットに関してはこの点を強調したい。)
この辺りは、色々と面倒な部分(人間関係的に)があるため抵抗感を感じている人も多いのですが、「情報収拾ツール」と考えて使うことは多いにありだと思います。
②情報を生かす=消費する!
インプットの情報については、実は多くの人ができていたりします。また中には、かなり細かいところ(日経の小記事やネットニュース、業界紙などのニッチな部分)まで集めていたりする人も思っているよりも少なくないかと思います。
しかし、インプット情報を取り入れて、「そのまま」になっている人も少なくない気がしています。
情報を「取り入れている」人は多いのですが、それを「生かしている」人はどれくらいいるのか疑問です。
では、「情報を生かす」とはどういう意味でしょうか?
・インプットした情報を「自分ごと化」すること
だと思います。社会で起こっていることを、自分の身近な者として捉える。そうすることで、情報が「生きてくる」わけです。
例えば、国の法律が変わっても「へー。」というリアクションが多いのですが、地域のごみ収集の方法が変わると「さてどうしよう?」とかなり能動的に情報を捉えるわけです。
実は、そのごみ収集方法が変更になったのは、国の制度変更だったり予算の削減だったりする可能性もあるわけですが、それを身近に感じるまでは「他人事」として整理してしまうのが人の傾向なのではないでしょうか。
情報のインプットは、カロリー摂取と似ていると思います。
つまりは、それを取り込むことは良いことだけれども、それだけでは害となることもあるといことです。
取り込んだカロリーは運動して消費しないといけないのですが、情報も同じように消費されないといけないと思います。
ここで、気をつけたいのがこの「消費」には運動があるとういことです。
③消費には運動が必要!
カロリーを摂取するだけではなく、そのエネルギーを用いた活動で消費をすることが必要となるように、
情報も取り込むだけではなく、その情報を用いた消費活動が必要となります。
ここで大切なのは「消費」は、「ただ取り込む」のではなく、「用いられる」ことなのです。
先の身近なルール変更と同じように、ある情報に接するときに「本当にそうなのか?」「自分にどんな影響があるのか?」と能動的に物事を考えることです。
最近では、「アウトプット大全」(樺沢紫苑 著)が流行っているのですが、インプットされた情報はアウトプットされるべきなのです。として、そのアウトプットがここでの「消費」活動と同じ意味を持ちます。
インプットだけの人は、ある意味情報摂取ばかりしている情報メタボです。
その情報をどのように用いるかまで考えなければ、情報をとる意味がありません。
みなさんの周りにも「知ってる知ってるおじさん」っているのではないでしょうか?
多くの場合、知ってる知ってるおじさんは、いろんなことに批判ばかりしますが、建設的なアイデアはあまり出てきません。それは、悪玉コレステロールが溜まっているからでしょうね笑
④アウトプット➡︎コメント力をつける
「アウトプット」と聞くと「成果物」という大層なことのように捉える人が多い気がします。
「アウトプット大全」でも書かれていますが、アウトプットは意外と簡単に始められます。
・FacebookやTwitterで記事をシェアする
だけでもアウトプットなのです。ここで気をつけるのは、単なるシェアでは意味がありません。
「一行でもいいのでコメントを付ける」
このことだけで、とても大きな変化になります。
コメントする=自分の意見を人前で述べる
ということですから、その情報を「自分ごと化」しなければコメントできないのです。
知ってる知ってるおじさん:「あーそれね、知ってるよ。」(次になにも起こらない)
アウトプットできる人:「それについて私こう思うけど、あなたならどう思う?」(次のアクションに繋がる可能性が残る)
となります。明らかに後者の方が話していて明るいですよね。
ただ、コメントをするということは、人前に自分の思考を晒すことになるので、知ってる知ってるおじさんとかが「でも、かれこれもあること知っててこれ言ってるの?」なんて恥をかかせにくるとかされると、「自分の知識ではコメントもできない」と思ってしまいます。
私からすれば、「知っているためだけ」「人に知っていることをひけらかす」ための情報には何の価値もありません。
まるで、お金をずーっと普通預金にいれて残高が増えていくのを見せびらかしているだけの状態です。そのまま何もせずに死んでしまったら、そのお金には何の意味があったのでしょうか?(もちろん、相続のためにはなりますが、、、、)
⑤何も起こらなくってもいいじゃん
前回の投稿が、「社会の潮流についていくべきだ」ということが強すぎた感じがあるのですが、私はなにも「必ず社会のトレンドを掴んで取り入れるべき」とは思っていません。
社会トレンドはどんどん変わって生きますし、ビジネスによってはコロコロ変わってはいけない領域もあると思います。(特にエネルギー業界はスパンを長く見てやらないといけないので)
しかし、この場合でも重要なのは、その社会潮流やそれを伝える情報に接した際に、それを知って「変わらないことを選択する」ことが大切だということです。
そう。情報を消費して、何も起こらないことがあっても大いに結構なのです。
大切なのは、一瞬だけでも「自分ごと化」して情報を消費、自分の中での対応を整理することなのです。
インプットばかりで燃焼消費ができない、インプットデブは健全ではありませんから。
ここまで読んでくれた方も、「ではどうしよう?」と考えてくれた結果、「何もしない」という選択があってもいいと思いますので、全然気負わずに〜。
あくまでも、「自分で選ぶ」ことを自覚することが大切ですからね!
ちゃお


