家族が亡くなることは
こんなにも心と体が疲弊するのか。。

父親を看取る母の背中をみて
そう考えさせられる11月でした。



亡くなる直前まで
元気に畑仕事をしていたじぃちゃん。
私は福島なので遠いけど
岩手に帰るといつも暖かく迎えてくれるじぃちゃん。
優しくて面白くて、怒った姿なんて
見た時ありませんでした。




高熱が出て、
かかりつけ医に診てもらい
少し肺炎の影があったので
入院する?帰る?
ってところで
入院したみたいで。


その日の深夜に帰らぬ人となりました。

ばぁちゃんや家族が駆けつけた時には
もう亡くなっていたそうで。






あまりにも急な出来事で
家族も深い悲しみに包まれました。

ですが、お通夜、お葬式などで
悲しむ暇もなく怒涛の2週間が経ち
全てを終えて
母親が福島に帰ってきました。






母親と色々話をしていると、
どうやらばぁちゃんが毎日お墓で手を合わせて
泣いているようでした。





そのとき、ふとじぃちゃんに意識を向けてみると
『引き出し、引き出し』というキーワードが
降りて来ました。



『引き出しの中に何かあるの?』


と聞いたら答えはYES。



そこから詳しくじぃちゃんの意識体に
耳を傾けてみました。



『お金のこと?』
『遺言書?』
『通帳?』
『印鑑?』





どれを質問しても答えはNO。





よくよく聞いてみると
『引き出しの中に、ばぁちゃんにお守りとして
持ってて欲しいものがある』

ということでした。



詳しいモノまでは分かりませんでしたが、
どうやら形見、お守りとなるようなモノだそうです。


とりあえずこの声を母親に伝えて
岩手に行った時に
引き出しの中を見てみるように伝えました。




そして1週間ほど経った昨日、
母親が岩手に行ってきて
引き出しの中を見てみた話をしてくれました。







引き出しの中にあったものはなんと、
『腕時計』だったのです。




じぃちゃんが仕事をしていた30年前に
いつもつけていた腕時計で
仕事から帰るといつもテーブルの決まった場所におき
また朝に付けて出勤するという
思い入れのある時計だったようでした。




かなり昔のものなので
動いておらず、電池を交換しても
動かなかったようですが、
時計屋さんに行って
修理してもらうと
なんと時計の針が動き始めたのです😌




みんなもばぁちゃんも
とっても喜んでたようで。


時計の針がまるで
じぃちゃんの心臓の鼓動のように
チクタクと動いているようでした。



もっと早く動かしてればよかったと
ばぁちゃんも言っていたそうでした。





その話を聞いた時、
『あぁ、それだ』
という直感が降りて来ました。




時計は時間を刻むだけでなく、人生の流れを象徴しています。

時計が進むように、私たちも成長し、変化していくのです。

また、時計は過去、現在、未来をつなぐものでもあります。

形見の時計には、大切な人との繋がりや、人生の意味を見出すこともできるのです。



形見の時計は、その人の人生を象徴しているだけでなく、その人の魂を表しているとも言われています。

時計が動き出したりすることは、じぃちゃんの魂が現世とあの世を行き来していることを示しています。



じぃちゃんの意識体は物である時計にも入っていくことができるので、

ばぁちゃんをいつまでも見守ってくれることと思います。











亡くなった方のメッセージが

必要な場合がとても多いなと感じるし

それを地上におろすことにより

生きてる人たちが前を向いていくことができる場面を

いくつも経験してきました。




信じられないかもしれませんが、

必ず。必ず亡くなった方は

意識体として存在しています。



どうかこのことが

優しく穏やかにこの地上に広がりますように。


必要な方に

優しく伝わりますように。




今回の件以外にも

じぃちゃんのメッセージは

いくつかありましたが、また別に

書き綴っていこうと思います。