今6巻を読み終えた。
タイトルにもある通り私は絶対に毛人を許さない( '-' ꐦ)
自分は産まれた時から一身に愛を受け育っておきながら、誰にも真に愛されなかった、愛されたかったものに愛されなかった厩戸を捨てるとは( '-' ꐦ)
それもただ、厩戸が男であったから、というだけのことで。
毛人にとって女か男かというのは、どこまでも重要な要素であるのだ。
厩戸が女であったとしたならば、毛人はすかさず厩戸に、あの石上のように、熱情をもって接し、その想いを確実なものとしただろう。
それは、厩戸が男であったから、毛人がそういった要素を異常に(通常にと言うべきか)、重要視したから果たされなかったに過ぎない。
どんなものが恋で愛だとかはどうでもよいのだ。
厩戸にとっての事実は、芯から求めたものを何一つ得られなかったその人生だけが残る。それだけの事を毛人はしたのだ。
毛人は、あわれみとともに厩戸を受け入れることも出来たのだ。そのような形の愛は存在するのだから。しかも現に、毛人は厩戸に全く気がないという訳では無かった。むしろ、「そのような」気も少なからず起こっていたのだ。しかし、述べたように、それは男か女か、男をとるか女をとるか、という究極的な選択の時において、結果的には効力を発さなかった。それはただ単に毛人の性質と言ってしまえばそれで終わりだが、その選択が厩戸の上にどのように降りかかるか、毛人はあのような厩戸の家庭環境や心情を見てきて何も感じなかったとでも言うのだろうか。
何にせよ、私は毛人を許せない。絶対に。
求めるものが自分の精一杯に応えてくれない、というのは、ほんとうに辛いことであるのだから。