今日は8月12日。
タイムマシーンで41年前に遡るとそこには、進路に迷う私がいる。
卒業ギリギリまで合唱部の活動をやっていた。
何になりたいのか、朧げ。
親は短大に行って、花嫁修行をして、お金持ちにお嫁に出すことを考えていた模様😅
でも、なんか違った。
冬、短大をいくつか受けた。
全部落ちた。
なんだか全然懲りてなかった。
浪人はさせないと言った親だったが、中学の時の担任に相談したら、1人で何か出来る私ではないから予備校に行けとアドバイス。
その事を親に言ったら、すんなり予備校生活に向かった。
予備校に行ってもなんだかやりたい事が明確にならない。
一浪が限界だなとは感じていた。
やりたい事。
一つあった。
24時間テレビのボランティア。
夏に向けて、無防備に札幌テレビ放送に電話をかける。
あの、ボランティアやりたいんです。
名前と連絡先を聞かれたような気がするが、そこからの流れはよく覚えていない。
当日、私は募金カーなるものに乗せられた。
車に乗って、あちこち回る。行った先で、募金お願いしまーすと活動する。
それが私の初めてのボランティア。
それだけなら、普通のボランティアだけど、そこには付加価値があった。
車は違うけれど、行った先で、必ずそばに居たのは、坂本九さんだった。
言葉は多くない。
寡黙に、ずっと何かを考えている。
だから、恐れ多くて話しかける事も出来ない。
スーパーみたいな所にも行った。
地蔵作家の岡本佳子ちゃんの所にも行った。
いちご会の小山内さんにも会ったかな。
夜は少しだけ、放送局の部屋で横になったけど、日の出前には、栗山だったかな。車で向かった。
朝4時。
テーブルを並べて、田園での募金活動。
農家は早いから😅
疲れてるし、声なんか出ない。
練習しましょうと言われたので、みんなで募金お願いしますと叫んだつもり。。。。
途端に怖い大きな声‼︎
そんな声で気持ちが伝わるか‼︎
九ちゃんの声だった。私に向けての怒鳴りだった。
びっくりして、多分目が点になっていた。
そんな私の顔を見て、いきなり怖い九ちゃんは、笑って、頑張れと言った。
今でもあのクシャッと笑った九ちゃんの笑顔を思い出す。
それから2年後の今日。
日航機が御巣鷹の峰に墜落。
様々な人達との繋がりの中生きてきた。
今の私を九ちゃんにどういうのだろう。
ふと、また、怒鳴られたい気がする。
そうして、社会福祉を目指して進学。
気がつくと40年が経った。

