悪魔崇拝
悪魔を神の好敵手として、あるいは悪魔こそ真の神だとしてあがめること

 これはきわめて両義的な概念です。なぜなら名だたる悪魔たちは、みんなある時代のある場所において、実際に崇拝されていた神や霊や天使だったからです。
 その昔キリスト教は、天災や疫病や飢饉など、神に祈れどどうにもならない災いの数々を悪魔の仕業とすることで、神の威信を保とうとしました。ただ神に敵対するほどの悪魔は、よほど力の強い悪魔でなければなりません。さらに漠然と「悪魔の仕業である」と言ってみたところで、そのイメージが曖昧なものであれば、はなはだ信憑性に欠けます。

 そこで姑息なカトリックの坊主たちは、異教の神々に白羽の矢を立てました。しかもそのままの姿では威厳がありすぎるため、極端な異形化をほどこしました。その結果、かつて天界随一の美しさを誇ったルシファーことサタンは、いつのまにやらとんでもない化け物にされてしまいましたし、ペリシテ人が崇拝していたベルゼブブなど、王冠をかぶったハエの姿をしています

 哀れ異教の神々よ! しかし捨てる神あれば拾う神あり。悪魔たちは合理主義や自己保存主義という世俗的で健全な思想をもつ人々に、再び『神』としてあがめられることと相成りました。
 
 宗教法人『サタン教会』の創始者、アントン・ラヴェイは『悪魔の聖書』の中でこう述べています。

1.サタンは節制ではなく放逸を好む。
2.サタンは理想ではなく実存である。
3.サタンは偽善的な自己欺瞞ではなく純粋な英知である。
4.サタンは敵に愛を浪費せず、値するものにだけ恩恵を施す。
5.サタンは「右の頬を打たれたら左の頬も向ける」のではなく復讐を要求する。
6.サタンは心理的吸血鬼など問題にせず、責任を負うべきものに対して責任を持つ。
7.サタンは高度に発達した知性と精神をもつために、地上でもっとも恐ろしい動物である。
8.サタンは罪といわれるすべてのものを肯定する。それは肉体的・精神的な要求を満たしてくれるからである
9.サタンはキリスト教会においても人類の最高の友であった。彼は太古からそれを自分の使命としてきたのである。

 これは悪魔崇拝の原則を如実にあらわした、まさにバイブルです
 全能の神を畏れるあまり、卑小なコビトに成り下がってしまった病める人々は「無知と服従だけが人のとるべき道ではない」という悪魔の人生哲学を実践することで、自分自身を取り戻すことができます。すなわち神とその息子の呪縛から解放され、彼らのイカサマ的な秘跡の毒に侵蝕された魂を癒すことができるのです。

 悪魔崇拝は発展性に富んだポジティブな思想です。なんといってもスリルがあっておもしろいですね。
 毎日を無気力に流されている半死体のあなた、騙されたと思って、一度試してごらんなさい。