本日は選挙で勝つための有権者に向けた選挙公報の在り方について述べる。
筆者は現在兵庫県に居住しているのだが、何れは兵庫県内で出馬したい考えている。そのためには、自身の政治理念や地域をよくしたいという想いを政策として、何が地域或は国家の政治的課題であるかを考え、政策・施策・事業というプロセスを踏み、何がその国、自治体に見合ったものかを分析し、自身の政策として落とし込み、まとめ上げ、市民・有権者に見せるかが重要である。
そして筆者は、選挙で政策をアピールするうえで、一番重要と考えるのが、選挙公報であると考える。
勿論、私自身、文章力や人前に出て話すコミュニケーション力などといった政治家としては勿論、社会人として必要な素養が重要であり、自身の苦手な課題だと考えられ、それらの力が試される場でもある演説や討論といったことは重要である。
今後、これらの課題は、本ブログや政策立案、政治塾といった過程で身に着けていこうと思っている。
但し、「選挙に勝つ」、この一点を達成するには重要なのは、選挙公報がすべてだと考える。
それはなぜか?選挙公報は、唯一有権者が平等かつ公平に選好を気にせず、候補者を知ることが知ることが出来るツールであると考えられるからだ。
勿論、選挙戦が始まれば、名前をひたすら連呼し、サブリミナル効果を表す選挙カーの力は候補を選ぶ時に発揮され、計り知れない。
しかし、選挙公報の力で、落選確実から当選ラインギリギリのところで勝負できる可能性がある。
選挙公報は、一番選挙に行く60代以上の支持を掴むツールとして活用できると考える。高齢者は、ネットよりも新聞を購読し、活用しているからだ。だからこそ、この高齢者という票田を確保しておきたい。
今回は、やってはいけない公報の一例を掲載する。
それは、選挙公報に、①広報紙の見栄えを無視している(手書き、空白だらけ等) ②自身の政治的信条や理念を過剰に強調しすぎている ③自分の経歴しか書いていない ④政策内容のレベルが低い、以上の候補者は落選する可能性が高い。その一例として、先月行われた三田市議選で37人中37位の最下位落選した無所属新人の山田彰久候補である。
彼は、19年の参院選でNHKから国民を守る党から出馬し、落選。現在はN国を離党し無所属で活動。また、れいわ新選組の山本太郎代表を支持し、衆院選のエントリーも果たしている候補者である。更には、現在派遣のドライバーとして働き、元ネトウヨ、ADHDであることも公表している。また同氏は、自身の政策や政局等政治的内容をyoutubeを通じ、発信するなどしている。
人間性も炎上商法など物議を醸す行動を幾度と繰り返すN国党に所属していたものの非常に真面目で知的な人物である。
そんな真面目な彼が、何故落選したのだろうか?
私は彼を応援していたので、不思議でならなかった。
選挙ウォッチャーちだいは、N国に所属していた経歴だけで落選した全てにおける敗因と決めつけていたが、果たしてそうだろうか?
確かに元N国党員という経歴を選挙歴として、広報に掲載したことがマイナスとして作用しているのは間違いないであろう。
しかし、私は、彼の敗因は上記に示した①、③に起因すると考えられる。
まず、政策は、ADHDや障害、病気に対する公的支援やリカレント教育支援、公務員改革、地域振興券の普及など地域の課題に応じた政策になっている。但し、①の点から、政策が多すぎて、広報に詰め込み過ぎ、見栄えが悪くなり、泡沫候補に見えてしまったことである。
もう一つは、③の点から自分の経歴を書きすぎたことである。通常は学歴、職業、保有資格のみを記載するところを、N国出身で、その際の得票数、離党した経緯、元ネトウヨといった点がマイナス評価に移ってしまったと考えられる。そして、広報の見栄えが悪くなり、この人は何者かが有権者にとって分かりにくいものとなってしまったことである。
広報は、空白ですかすかになってしまうことはいけないが、政策あるいは理念を大きく3~5点(個人的見解だが)ほど書き、それぞれの項目ごとに具体的目標を数値化、実現する手段、目的を記載するのが当選している人の共通点として見られる。以上を留意さえすれば、惨敗を喫することは考えられなかったと思われる。
以上のことが選挙公報が選挙で重要視されるポイントである。
私は、山田氏の真面目な方として知っているので、是非次期選挙では当選し、政治家としての彼を応援したい。
以上