欧州司法裁判所が「性別を理由に保険料を異ならせて設定するのはEU性差別法に違反する」との決定を下したのニュースを目にしました。

この判決に基づき保険商品を提供する各社は2012年12月以降は性別に関連する統計を用いてリスク分析をして保険料を設定することが禁止されるとのこと。

性別による保険料設定の差が大きいのは例えば自動車保険や終身年金です。女性のほうが平均寿命が長いことは統計上明らかなため、女性のほうが終身年金の保険料は高く設定されています。また、男性のほうが自動車事故に巻き込まれる可能性が高いことも統計から読み取れるため、男性のほうが自賠責が高く設定されてます。


当然のことながら、保険会社からはブーイングの嵐です。

FTの記事によると保険各社からは「非常識な決定だ」とか「性別により直面するリスクが異なるため、それに応じた保険料設定をすることが性差別になるとの議論は理解不能」などの手厳しい反応が多いようです。

BBCではこの決定が執行されると保険料は全体的に高止まりするだろうとの観測を示していました。

保険商品の価格設定は市場の中でもまれることで、高めの保険料設定をする保険商品は淘汰されて適正な価格になるだろうとの比較的好意的な見解を示す者もいるようですが、いずれにせよ保険料が上がることは間違いないかと思われます。


欧州司法裁判所は「社会的要因や経済的要因が個人のリスクを決定するのであって、性別に本質的に関連があるものではない」との考えに基づいてこの判決を下しました。


しかし、どうなんでしょうか。

性別による個体差があることは誰しもが認めることかと思います。とすれば、その個体差に基づいて直面するリスクが異なってくるという理解は自ずと導かれるのではないでしょうか。

もちろん社会的・経済的要因によるリスクの変動も重要な要素ですが、それは性別によるリスクの差異を否定する理由にはならないと思われます。

性別による社会生活上の差異について科学的根拠を求めるのであれば、保険会社が利用する統計がまさにそれを示してるのではないでしょうか。

性別による差別は何がなんでも禁止されるべきではないし、行き過ぎた平等はむしろ社会生活に害を及ぼすような気がします。


かなりびっくりな判決です。

FTの記事↓

http://www.ft.com/cms/s/0/81384176-43e6-11e0-8f20-00144feab49a.html#axzz1FN5fjzQd

先日、カズオ・イシグロ原作の映画「Never Let Me Go」を鑑賞しました。

5年ほど前に原作を日本語で読み、独特の語り口調とストーリー半ばまで重要事実を秘匿したまま語られる手法に違和感を感じながらも、クローンと臓器提供という重いテーマを軽妙な語り口で迫るストーリーに脱帽した記憶があります。

映画は原作を忠実に再現したものでしたが、原作の空気感を残しつつもよりよくまとまっていたのではないかと思います。

キーラ・ナイトレーがインタビューで語っていたとおり、ストーリーの芯に位置するのは犠牲と愛とは何かというテーマです。

主人公3人は自分たちの手で運命を変えようともがきつつも、どうにもならないと分かったときには運命を受け入れている様子に、現実世界で臓器提供を待ちのぞむ人、そして臓器提供する人の心情とはどんなものだろうと塑像させられました。

自分の身体を犠牲にして他者を助けるという行為を自分がとれるかどうかというと、少し指先を切っただけでも痛くて痛くて耐えられない自分が、例えば家族への愛情を勝たせることができるかが自分自身でも分かりません。

そんなことをしみじみと考えさせられる重いテーマの映画ですが、イギリスの田舎の風景をふんだんに盛り込でいて、またキャリー・マリガンの透明感あふれる演技により原作の軽い空気感が保たれていたように思います。


キャリー・マリガンがグレート・ギャッツビーのデイジー役を演じるときいてはまり役だとうろ思いました。

素敵な女優さんです。



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北アフリカ・中東での混乱の影にかすんでしまっている話題ですが、イギリスの国有林売却問題が気にかかっているので少しまとめてみようと思います。


昨年5月に保守党と自由民主党の連立政権が発足して以来、政府は財政縮減政策に「聖域なく」取り組んできました。

その一つとして国有林の売却に向けて調整が進められていました。

売却対象に挙げられていたのは国有林258,000ヘクタール。全体の10%ほどの分量です。

民間への売却による収入が得られ、同時に売却先の民間企業に対する規制により乱開発も防止できるとの考えをベースに、民間企業、慈善団体、コミュニティ等の幅広いアクターの参画によるmixed ownershipにより森林がより一層活用されるようになるという連立政権の基本思想でもあるBig Societyに資する案でした。

英環境省を中心に政策案がまとめられ、政府全体でとりまとめていたPublic Bodies Billという改革法案に盛り込まれていました。売却により得られたであろう収入は1億ポンドでした。


しかし、政府が想像していた以上の拒否反応が多数のセクターからなされたのです。

環境保護団体からは生物多様性の喪失に関する懸念が、労働党からは国民の自然へのアクセスが阻害されるとの反対意見が、また多くの会員を抱えるナショナルトラストも激烈な反対運動を繰りひろげました。一般市民による署名請願運動も見られました。

あまりの反対運動に政府も売却案の推進にしり込みし始め、17日には売却案の廃止を発表するとともに今回の案により湧きおこった混乱に対して環境大臣が謝罪までするということの顛末になりました。


売却案に盛り込まれた開発規制の詳細が分からないため、国有林の売却の良しあしについては個人的には意見がまとまらないのですが、今回の事案は政府として推進していた政策案が壁にぶつかり推進が困難になった場合に白紙撤回するという決断に至るプロセスを考えさせられる機会をくれたと思います。

日本の政治家および政府は政策の撤回という決断を頑なに拒んでいるように思われます。

撤回した場合であったとしても、やむにやまれず撤回の決断をしたのであって自分の意思ではないという点を殊更に強調します。鳩山前首相に至っては普天間基地移設問題につき県外移転を諦めた理由として掲げていた「米軍の抑止力」発言は方便であったと言いだす始末です。

サッチャー政権下で副首相であったヘセルスタイン保守党議員の発言「if you don't change your mind you are accused of being obstinate and pig-headed and if you do change you mind you are accused of being weak」がその撤回する決断を困難にする最大の要因ではないかと思います。

国民の声に耳を傾け、関係者との調整が困難である場合、政策案を撤回する決断をするという「勇気ある撤退」も時には必要であり、そしてその決断についても責任をもつこと、当たり前のことでありますが、非常に大切なことであると感じさせられる一件でした。







朝電車で対面に座っているおじさんが読んでる本のタイトルをみると、村上春樹の「走ることについて語るときに僕の語ること」の英語版でした。

私も読みましたよ!と思わず話しかけたくなったけど、不審だろうからやめておきました。

表紙のデザインは日本語版よりおしゃれかも。

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)/村上 春樹
¥540
Amazon.co.jp

最近読んだ本:

●百田尚樹 『永遠のゼロ』

零戦パイロットであり特攻隊で亡くなった祖父について調べる青年の話。

WW2に関する描写はかなり細かく描かれていました。途中感情的な文脈が続きますが、ストーリー展開には涙を流さずにはいられませんでした。

永遠の0 (講談社文庫)/百田 尚樹
¥920
Amazon.co.jp



昨日はコリン・ファースがゴールデングローブ賞主演男優賞をとりましたね。

イギリス人の受賞歴は多数あるのでしょうがやはり大きなニュースらしく朝からBBCも盛大に報じてました。

目にする前評判はいずれも好評なので早速映画館に出向いてきました。


エリザベス女王の父親であるジョージ6世はちょうどWW2中の王だったため、戦時中はイギリス人の戦意を高揚させる象徴だったそうです。

しかし実は子供のころから吃音がひどかったため、公の場でのスピーチが大の苦手。

兄のエドワード王が女性問題で退位したため王位に就くことになったときも、王としての自己認識・能力は兄を上回っていたにもかかわらず、演説が嫌がために落ち込むのです。

それを助けてくれたのがスピーチ・セラピストのライオネルでした。

ジョージをバーティと気安く呼んで気を楽にさせ、変な運動や発声法をくりかえさせるとともに、友人がいないジョージの話し相手となり吃音になった原因をつきとめようとし、医者の資格はないものの徐々に効果が発揮されるのでした。


映画The Queenをみたときもおもいましたが、まず王室を主役とした映画をつくれるイギリスの風土はどこから生まれているのでしょうか。

最近は王室もFacebookのページをもつなど自らもひらかれた王室に向けて取り組んでいますので、映画の許可もすんなりと出したのでしょうか。

吃音をもつ王という日本人から見ればセンシティブなテーマですが、むしろそれを克服しようとする王の姿はイギリス人にとってさらに親近感をもってもらえることだったのかもしれません。

ジョージ6世はナチ信奉者だったという噂もあって映画に反対する意見もあったそうですが、ヒットラーの映像を用いつつも映画自体は戦争についてはニュートラルな立場を貫いていたかと思います。


コリン・ファースの演技もさることながら、ライオネル役のジェフリー・ラッシュのうまさが際立っていました。

ちょっと変人の役を彼にやらせたら右に俳優はなかなかいないでしょう。



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今週はビザ延長の手続きのためにCroydonにあるUK Border Agencyに朝早くに出向いてきました。

朝8時だというにすでに20人ほどの行列で、ざっと見た感じはインド人の比率が多かったです。

一人の人、家族連れの人、そして語学が不得意なのか手続代行業者に連れられている人も幾人かいました。


さて、私は2009年渡航時に一年目の大学院の期間のビザを発給されていましたが、今月末で期限切れになるため、あと1年分延長する必要がありました。

2月にパスポートを使う必要があるため時間がかかる郵送手続き(by post)は利用せず、直接申込書を持参する方式(in person)を利用しました。

イギリスの移民政策はTory政権になってより一層厳しくなりましたが、それが手数料にも反映されています。

直接申込の場合は650ポンド、郵送申込であっても357ポンドと、かなりお高い料金です。

それくらいの額を払えない移民はお断りですという姿勢の表れかとは思いますが、家族持ちで数人分を払わなければならない家庭にとってはかなり苦しい値段設定かと思われます。


入口で手荷物検査を終えるとまず第一関門の窓口があり、そこで書類のフォームが間違っていないか、漏れがないか等をチェックされます。次に2階のフロアの窓口で手数料を払います。私はカード払いを選択しましたが、他にも銀行口座引き落とし、チェック等の方法がありましたが、昨年から現金は受け付けなくなったとのことです。

私にとっては650ポンドはあまりにも高額のため、カードのPINコードを押す前に何度も金額を確認してしまいました。

支払いを終えると2階にあがり、自分の番号を呼ばれたらカウンターに申請書を提出し、次にBiometric Enrolmentをします。まずは両手の4本の指、次に両親指、そして最後に顔写真をとられて終わりです。

そしてまた順番を呼ばれるの待って、申請書の審査手続きに入ります。

私はTier4学生枠のビザのため、申請書の他にCAS(大学からの認証書類)、大学からの入学許可証、財政証明書、学士号取得証明書類を提出しました。

直接申し込みの場合はこれらの書類を窓口に提出するとその場で審査してくれます。

書類に不備があったり質問がある場合はその場で自分が対応できるので、書類だけでは説明しづらい事情等がある方は、高い料金ではありますが直接申し込みを利用されることをお勧めいたします。


私の場合は少し複雑な事情があったため、通常Tier4の学生に認められる大学在学期間+6カ月のビザは認められず、大学在学期間の本年9月までのビザ延長になりました、私の場合はそれで不足しないため、短縮期間であっても構わないので延長を認めてほしいとその場で交渉して晴れてOKをもらいました。


ビザ関係の手続きは書類も多く時間がかかるため不安になることも多いですが、作業はち密にそして安全策をとれば何ら問題はないように思います。


いずれにせよ、これで晴れて大学院修了までイギリス滞在が可能になりました。

年末は冬休みを利用してイタリアを旅行してきました。

イタリアに行くのはほぼ初めてだったので今回は主要観光都市に絞って廻ってきました。

訪れたのはフィレンツェ、シエナ、フェラーラ、ボローニャ、そしてベネチア。

ロンドンの寒さには辟易していたので、避寒も兼ねての旅行だったのですが思いのほか寒かったイタリア。

でも、寒さを忘れるくらい素敵な思い出を私に残してくれました。


時間がかかりましたが昨年は塩野七生の「海の都の物語」を読みました。

トルコとイタリアを訪れる前には予習を兼ねてぜひ読んでおきたい一冊です。

塩野七生初心者の私が彼女の本を論評する資格はないのでしょうが、私は歴史家としてではなくストーリーテラーに専念する塩野七生の視点が好きです。

古文書だけからは分からない史実から織り出される空想を交えた物語はまるでベネチアが自体が意思をもった生き物かのように感じさせてくれ、その人生=栄枯盛衰に感情移入させてくれます。


外交に関心がある身としては、ベネチアがイスラム界(トルコ)とローマ=カトリックの両方にはさまれながら、自国の交易の発展にとって何が一番いいかということを真摯にそして時に狡猾に考えて、情報収集力と交渉力を最大限に生かして「持たざる国」でありながら1000年の繁栄を築いたかという視点が一番おもしろかったです。


ドゥカーレ宮殿を訪れると、ここで元首、十人委員会、四十人委員会、国会などで議論を戦わせていたかと歴史に思いをはせることができ、胸にジーンとくるものがありました。

海の都の物語〈1〉―ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫)/塩野 七生
¥420
Amazon.co.jp


2011年になりました。

2010年はあっという間の一年でしたが、振り替えれば大学での生活、旅行、新しい友達との出会い、読んだ本、見た映画など、思い出たっぷりの充実した年でした。

この年になって再び学生生活を送れるとは思っていなかったため、自分の自由になる時間を与えてくれた方々にとても感謝しています。

その分一回りもふたまわりも成長できるよう、帰国までの残り半年精一杯過ごしたいと思います。


2011年1月

昨日はSloane SquareにあるCadogan Hallでおこなわれた葉加瀬太郎のコンサートをききにいきました。

まずSloane Squareの駅を出て目に飛び込むのが繊細なクリスマスライトアップ。

人ごみが著しいOxford Circusなどの繁華街はこの時期避けているので、意外にもロンドンではクリスマスライトアップはあまり見ていません。

駅前広場だけのライトアップでしたが、青LEDをベースに白の星型オブジェかきらめいていて素敵でした。


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葉加瀬太郎の音楽は正直いうとほとんど聞いたことがなくて、葉加瀬太郎の曲だと認識できていたのは情熱大陸のテーマ曲くらいでした。

ロンドン在住ということは知っていたのでいつかはコンサートを聴きにいけたらいいなとは思っていたので、今回実現できてよかったです。

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Cadogan Hallは高校の講堂を彷彿させる小規模な音楽ホールですが、高い天井とステンドグラスと淡い生成色の壁が温かみを演出していて入った瞬間に「素敵!」と思わせてくれました。

客層は日本人が7割くらいだったでしょうか。誰か知ってる人はいないかなと思っていたら二人ほど知り合いに会いました。

2時間の公演で演奏された曲目は次のものでした。

ヘンデル バイオリンソナタ4番

ブラームス ソナタ3番

ラベル Pavane pour une infante defunte

葉加瀬太郎 春がきた

Kreisler Prelude and Allegro

Massenet Meditation from "Thais"

Open Arms

葉加瀬太郎 ひまわり(てっぱん主題歌)

One pint of love

Zigeunerweisen

アンコール oh holy night


前半は重厚かつ軽やかな音でクラシカル音楽を奏で、後半は誰でも知ってる曲を次々に披露して観客との一体感を高めるという構成でした。

個人的にはPrelude and Allegroの独演の個所のテクニックに驚きました。

速いテンポの中でも正確にかつ丁寧な音づかいが素人な私にも伝わってきました。

そしてOh Holy Nightはクリスマスコンサートの締めくくりにふさわしく、涙すらこみあがってきました。

2月にもバレンタイン公演があるらしいのでぜひ聴きにいきたいです。


ちなみに、ロンドンにいると今の朝ドラがてっぱんだということすら知らなかったのですが、日本ではてっぱんの踊りがはやってるんでしょうかね?

サラリーマンネオのサラリーマン体操の振付師の人が振り付けしたそうで、意味不明だけどおもしろいそしてやみつきと思わせてくれるのがすごい!

http://www9.nhk.or.jp/teppan/dance/index.html

今日はメキシコ人チェリスト、カルロス・プリエトの演奏をききにいきました。

二年前に出版した「The Adventures of a Cello」という本の宣伝も兼ねていたようで、本について講演が演奏に先立ってありました。

1700年代にイタリアのクレモナで作られたストラディバリウスが1979年にプリエトの手に渡るまでに歩んできた数奇な運命について、軽妙なトークで観衆を楽しませてくれました。

クレモナで作られた後、スペイン、アイルランド、ベルリン、NYと世界各地を転々と人の手に渡っていくストーリーの中で、もっとも面白かったのが1935年ナチス政権下のドイツからチェロを持ち出そうとしたときの話。

当時はヘブライ人演奏家によって所有されていて、価値あるアンティークは国外から持ち出しが禁止されていたため、国外の演奏会といえどもストラディバリウスは持ち出せず、スイスのバーゼル近くの国境沿いのドイツ街に引っ越し、バーゼルでの演奏会に呼ばれて国境を超えます。そのときは価値のないぼろのチェロを使って演奏し、国境検問も難なく通過できました。国境を越えて何度となく演奏を重ねるうちに検問所員とも顔見知りになり、チェロをケースから出さなくても通過させてもらえるようにまでし、あるとき、ついにストラディバリウスをぼろのケースに隠して検問されずに持ち出した、、という逸話です。

こんな話を聞いた後の当のストラディバリウスを使っての演奏だったので、より一層音に深みが感じられたような気がします。


ウィキペディアをみると実はプリエトは今年73歳のおじいちゃん。そうは見えない力強い演奏でした!音譜音譜

http://en.wikipedia.org/wiki/Carlos_Prieto_(cellist )