横田めぐみさん拉致から33年
今日11月15日は、33年前にここ新潟市で「横田めぐみ」さんが北朝鮮に拉致された日です。
日没前に現場近くを訪れてみました。
当時も道路沿いの木々が紅葉していたのでしょうか・・・
寄居中学校前の坂、横田めぐみさんが自宅へと歩いた海方面に。
先ほどの道を450mほど進んだ、護国神社手前の住宅街です。
中央奥の信号先の左側が護国神社、そして松林があり、その先が海岸です。
左端の白い壁の路地を入った辺りで拉致されたと言われています。
拉致されたと思われる時間は、これより2時間以上後の18時35分頃と言われています。
日没から約2時間経過した時間帯になるので、街灯のあるところ以外は真っ暗だったことでしょう。
横田めぐみさんが船に乗せられてのは拉致現場近くの海岸だという説があります。
日没時刻の日本海、これは先ほどの場所から1.5km程西にある関屋浜付近です。
拉致現場近くの海岸は、ここと違い砂浜も殆どなく、秋の夕方は寒々としています。
この時期の海岸は釣り人も少なく、海岸道路が整備されていなかった33年前は、辺りが暗くなると人の目もなかったでしょう。
「白い車で連れ去られた」との証言もあることから、海岸の地形やその他の要因を考えると、さらに西の郊外の海岸で船に乗せられた可能性も考えられます。
夕方~この記事を書いている時点で、地元の有力地方紙「新潟日報」のwebのTOPページには「横田めぐみさん拉致から33年」の記事は見当たりません。
紙メディアの新聞紙は地元限定で、全国の人には見てもらえませんが、webなら全国に発信出来るのに・・・。
後で「横田さん夫妻が新潟を訪れて集会をしました」的な事後記事が載るのでしょうが、地元なのですからそこはね、毎年朝から特集を組んでもらいたいものです。
この事件は未だ終わっていません、風化させないように・・・願っています。
日没前に現場近くを訪れてみました。
当時も道路沿いの木々が紅葉していたのでしょうか・・・
寄居中学校前の坂、横田めぐみさんが自宅へと歩いた海方面に。
先ほどの道を450mほど進んだ、護国神社手前の住宅街です。
中央奥の信号先の左側が護国神社、そして松林があり、その先が海岸です。
左端の白い壁の路地を入った辺りで拉致されたと言われています。
拉致されたと思われる時間は、これより2時間以上後の18時35分頃と言われています。
日没から約2時間経過した時間帯になるので、街灯のあるところ以外は真っ暗だったことでしょう。
横田めぐみさんが船に乗せられてのは拉致現場近くの海岸だという説があります。
日没時刻の日本海、これは先ほどの場所から1.5km程西にある関屋浜付近です。
拉致現場近くの海岸は、ここと違い砂浜も殆どなく、秋の夕方は寒々としています。
この時期の海岸は釣り人も少なく、海岸道路が整備されていなかった33年前は、辺りが暗くなると人の目もなかったでしょう。
「白い車で連れ去られた」との証言もあることから、海岸の地形やその他の要因を考えると、さらに西の郊外の海岸で船に乗せられた可能性も考えられます。
夕方~この記事を書いている時点で、地元の有力地方紙「新潟日報」のwebのTOPページには「横田めぐみさん拉致から33年」の記事は見当たりません。
紙メディアの新聞紙は地元限定で、全国の人には見てもらえませんが、webなら全国に発信出来るのに・・・。
後で「横田さん夫妻が新潟を訪れて集会をしました」的な事後記事が載るのでしょうが、地元なのですからそこはね、毎年朝から特集を組んでもらいたいものです。
この事件は未だ終わっていません、風化させないように・・・願っています。

