延命は望まない、看取り介護

延命は望まない、看取り介護

仕事を辞め介護することに。抑制なしでは看護出来ないほどの暴れ馬の実父。肺炎・硬膜下血種の死の淵から復活。吸引は常時、経口摂取不可により胃瘻造設。歩行不可、会話ほとんど不可。要介護5。

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自宅から、20時半に実家に戻った。

実家では夏でも18時には雨戸をすべて閉めている。

今日は日中30度あったから家の中は湿度がすごい。

おもわず、「暑い!」と言ったら、

「私は暑くないよ」と母は言った。

「・・・・・」返す言葉がなかった。

エアコン、使いませんか?

 

昨年の秋に介護が始まり、

汗でロングの髪が邪魔になりバッサリ切ってショートにした。

今日は自然乾燥で十分なベリーショートにしてきた。

それが、家の中に入った瞬間、首を滝のように流れる汗。

このために切ってきた感がたまらない。

これから来る猛暑、

リビングのエアコンからの涼しい風が届かない台所住まいの私、

私は乗り切れるだろうか・・・

寒さはなんとかなるが暑さはどうする?

母との心の温度さも感じてしまった。

 

今、設備の一番整った快適な父の部屋で、

仏壇にミネラルウォーターとおはぎをお供えをして、

涼みながら私は晩酌している。

父が退院して来るまでの期間限定。

 

 

ワンコを迎えに行ったら夫が話しをしてきた。

 

昨日、義兄(長男)から連絡があり、

来年の4月には他所にいる姪っ子の次女夫婦と同居するため、

義実家の売却は先になるが引っ越すとのことだった。

97歳の義父は病院から施設に移ったのが昨年、

92歳の義母は義兄夫婦とこれからも一緒に住むし、

引っ越し先の同じ市内に義姉(長女)も次女夫婦と住んでいて義母の泊りはOK。

義母の世話は義兄姉でというところだろう。

数年前より、山や田んぼや畑の処分をしていて、

義兄夫婦は次女夫婦との同居を考えているとの話しを義母から聞いていた。

とうとうこの時が来たと思った。

広い庭、春の一面の稲に秋の黄金の垂れる稲穂、数々の野菜の収穫、

冬の雪囲いした風情、田舎の盛大な祭りなど嫁の私はたくさんの思い出をもらった。

義母が74年住み慣れた大きな家、

義母の実家がすぐそばにあり兄弟たちもいて、

生まれ育った場所から離れる気持ちは計り知れない。

でも義母の一番の理解者である義姉が、

引っ越し先の目と鼻の先にいることで義母は安心して納得したのがわかる。

義母は義父の状況を見てきて自分ももうすぐ施設にいくことになると覚悟もしていたし。

大きな部落だから義兄は親族への理解を求めるのも大変だろう。

せめて義母が存命なうちはと言われると思う。

そうは言っても家庭事情があるし、

夫は実家を振り向くことはないから義兄に沿った考えでいる。

  老いては子に従え

私の母も同じ。

自分の老後はどうなるのか、

お金が無いと何も出来ない、安心して過ごせないと痛感する毎日である。

 

 

ワンコ小型犬、12歳半。

ジャンプ、走るはいまだ健在な活発な女の子。

散歩をしていると鹿みたいと言われる犬。

私はカンガルーが似ていると思うけれど。

自宅は和で座卓には乗らないし、

いたずらは生ごみだけ気を付ければ良い程度なのでフリーでの生活。

私が自宅を離れ実家暮らしになって、

実家でいたずらの不安ないからたまに連れてきていたが、

ダイニングテーブル・椅子・ソファだと人間の足しか見えず、

コンタクトが取りにくく寄り添えないからか慣れてもらえなかった。

生活しにくいのだろうと感じた。

 

今年のフィラリア検査の時に検診もお願いした。

肝機能の数値が悪かったので投薬が必要になったが、

マメではない夫に協力をしてもらいながら一か月乗り切った。

再検査で投薬は継続になった。

なんと体重が増加していて減量が必要とまで言われた。

食餌器にしたのになぜ?

夫に任せられずワンコにほとんど毎日実家に通勤してもらうことにした。

ところが、コロナが流行し父が誤嚥性肺炎から退院して来たこともあって、

私は夫と娘からの感染を懸念し自宅に行くことをやめた。

ワンコの薬の管理と世話を夫と娘にお願いしたのだがワンコは寂しさが爆発。

夫と娘が帰宅した時に玄関から脱走したワンコ、

玄関ドアの脱走防止ゲートの柵の木を食い外し自分の通れる隙間を作っていた。

走ったら速くて交通事故が多い犬種でもある。

娘は慌てたがその日は雨で、

雨が苦手なワンコは飛び出たものの固まって動けなくなったらしい。

食いちぎった柵の木は合わせたら形が出来て飲み込んでいなかった。

これを聞いたときには身体のことは安堵はしたが不憫でならなかった。

次の日、私は誰もいない時に自宅に帰った。

ワンコは玄関の鍵の音を聞きつけ、

開けた途端またもや柵の隙間から抜け出そうとした。

でも私だと分かってコマンドを入れたら柵から出ようとしなかった。

やっぱり実家に行きたかったのだろう、私の元に。

私が台所で夕飯の支度をしていると一時も離れず、

食餌器からフードが出ても食べに行かない。

眠くなって台所の床で寝る姿を初めて見た。

洗濯をしたり家の中を動いている時もずっとずっと3時間もストーカーした。

玄関ドアのゲートはスチールゲートに取り替えることにした。

廊下から玄関に降りるところにもゲートがあって二重で脱走防止をしていたのだが、

ロックが緩くなって開け方を覚えてしまっていたのも改善。

こんなに私を思ってくれて、

どうしても私と一緒にいたいという気持ちが伝わって来た。

実家通勤を再開した、ダイエットもかねて。

再々検査で動物病院に行ったときに相談した。

   

   猫は家につくが、ワンコは人間につく

 

ワンコに申し訳なくてワンコも実家で暮らせるようにしようと決めた。

体重は2週間で400gも減少した。

昨年実家の庭と駐車場を改修する際に、

介護の面においてだけでなくワンコ用(脱走防止・係留フック)にも配慮してある。

ワンコは夜にラスト散歩をしてから21時前後に帰宅している。

送り届けて私が実家に戻ろうとするとき、

「今日もお疲れ様。お留守番お願いね」

の掛け声で後追いはまったくなくなった。

 

実家では敷地内を自由に笑顔で楽しんでいる。

家の中でもトイレシートに排泄は出来るが、

庭ですることも覚えて玄関ドアの網戸を開けて欲しいと頼んできたり、

訪問者には吠えて教えてくれて老世帯の防犯活動をしてくれ助かっている。

犬は頭が良い。

状況をしっかり理解してすでに自分のテリトリーを作った。

自分の居場所を見つけた。

母の行動、癖を覚えた。

車で寝ることはなく吠えるか鳴いていたのに伏せて目を閉じるようになった。

車から降りるときに大暴れしていたのに待てるようにもなった。

犬って凄い、12歳になってもまだまだたくさんのことを吸収している。

 

父と母の介護と一緒にワンコは実家で看取ることになるだろう。

一緒にいられるのもあと数年になってしまったと感じるこの頃、

愛情をたくさんくれるワンコは癒しで感謝しかない。

いつまでも一緒にいて欲しい。

 

 

終活をしていて雑巾行きのタオルが段ボール3箱分も出た。

とにかく母は何にでもタオルを掛ける。

ハンガーに掛けてある衣類(すべて処分)の肩には必ずで、

昨年まで寝ていた2階のベッド周りにもフェイスタオルとバスタオルだらけ。

最初は雑巾が大量に必要だったから良かったと思っていたけれど、

出るわ出るわでイライラがマックスに達した。

父が入院中で良かった。

 

このあいだ、大きな大きな食器棚の中にあったほとんどの食器の処分が終わった。

空いたスペースに100円均一のカゴとケースを買ってきて、

テプラでわかるようにしてすべてのもの文房具・日用品・薬やらを収め整理整頓した。

母が頻繁に使う最低限のものは使いやすく分け、

ダイニングテーブル(処分予定)の上にセットしたら母はすぐに新しい布巾を掛けた。

今日は布巾の上にタオルが掛けてあるし・・・

見えても良いようにまとめて掃除はしやすいのに。

埃よけはわかるけれど、どこもかしこもすぐにタオルを掛けるって何?

 

今朝、明るくなったら母のベッド周りとひとり掛けソファにもバスタオルが掛けてあった。

大音量の音に起こされたのもあってため息が出てしまった。

私が昨日の夜自宅に戻っているうちにやったみたい。

私の目に入ってくるのはタオルばかりになった。

貧乏だった我が家は私は母にタオルを買ってもらったことがない。

母に渡されるのは貰い物の会社名が入ったもの。

学生時代どれだけ恥ずかしかったか良く憶えている。

小遣いで自分専用にオシャレなタオルを買っていたなあ。

引き出物やお返しのタオルは来客用か使わずにしまい込んでいたし。

母にとってはオシャレなタオルは高価で、

こういうタオルを使うのは特別みたいな意識なのだろう。

 

今も気落ちして片付けを中断してこれを書いている。

2階の階段上がったところに箱が積みあがっていてそれが重い。

嫌な予感で開けてみたら大量の食器が出てきてげんなり。

なぜ母は捨てないのか。

もったいない精神か。

包んである新聞が15年前、

70歳で15~20キロはある箱を一階から上げたってことになる。

ある意味すごい。

 

最近、ユーチューブのゴミ・物屋敷清掃を良く見る。

個人で処分までやるのは本当に大変。

清掃費用、いくらなのだろうか。

一軒家の実家、私の清掃賃金はいくらになるのだろうか。

残り一部屋、梅雨が明けるまでに終わらせないと。

エアコンのない部屋だから今しか出来ない。

 

 

 

30年以上一緒に暮らしてこなかった母との生活は、

介護よりも苦痛が正直増している。

デイサービスに通いだした昨年の冬、

家事は出来ないが見守り程度で手がかからないから、

母がデイサービスを利用するかしないかは深く考えていなかった。

今は母が出掛けるとひとりになれる、

母の行動を気に留めなくすむ時間にほっとしている。

穏やかで文句ひとつ言わない母なのに。

父の介護よりも気が重い。

まだしっかりしているから自分と同じレベルに当てはめてしまうからだろう。

 

テレビを点けて寝入ってハッと起きて消して寝る。

昨日の夜中は30分置きで、

点けた時の大音量に私はびっくりして飛び起きる事ここ数日続いている。

デイサービスに行く日は7時に起きて、

帰宅まで横になることが無いから疲れているから寝るかと思えば同じ行動。

母のデイサービス利用日は私の睡眠日になった。

 

お互いのの独立した生活環境を早く整えねば!

母も私に気を遣っているjことたくさんあるのだろうなあ。

 

 

 

誤嚥性肺炎で3度目の入院をしている父。

入院17日目、担当医から状態の説明で呼ばれ退院許可がおりた。

面会禁止の中、数分だけ父の顔を見ることが出来た。

目力が強く、怖い。

姿は衰えているが昔の父を思い出す。

私に怒りをぶつけてきそうな顔。

声が出せないので会話が成立しないから痴呆があるのかさえわからない。

 

 

誤嚥性肺炎は今後も繰り返される可能性が高い。

入院時は痰が次から次へと溢れてきていたが現在は吸引回数がかなり減ったとのこと。

父は常時手にはミトンをしていて(チューブ類は抜くから)、

吸引時は手を挙げてくるので抑制をしてひとり肩を抑える人が必要だそうだ。

ラコールの栄養剤は一日300g×4パックから一日300g×3パックに変更。

薬を変更したりして栄養剤の吸収が良いようにしてみたが、

不整脈になったりで今後急変する可能性が高いので覚悟が必要。

そして無呼吸になることが多いと。

 

ずっと今後の介護をどうするか考えていた。

緊急搬送することなく在宅ですべて看るか・・・

今日、担当医の説明で決心がついた。

デイサービス先でいつも容態が急変して迷惑を掛けてしまっているので、

デイサービスはもうやめることにする。

本人も車椅子で通所するのが辛いと思う、お風呂は大好きだけれど。

訪問入浴をお願いすることにしよう。

痛いことが大嫌いな父だから、今後緊急搬送はしない。

看取りの覚悟があらためて出来た。

どのくらいの期間になるかわからないが不安はない。

 

 

 

実家に暮らすようになって母にはため息が出る。

30年以上一緒に暮らしていないとかなり気を遣う。

穏やかで私のやりたいようにやらせてくれているが、、、

 

母は食品が傷まないようにと冷蔵庫に何でも入れていた。

レトルトのカレーや缶詰まであった。

保管場所を作ったことで解消されたのだが、

昨日は置いてあった豆乳を冷蔵庫に入れていた。

さすがにこれは冷蔵庫と判断したのだろう。

「まだ開けていないなら常温で大丈夫だから冷蔵庫に入れないでね」

一回で覚えていればボケていないとわかる。

大変だよね、85歳になってもまだまだ覚えることが多くて。

 

終活した衣類の処分がコロナで出せなくて縁側に積みあがっている。

外出から戻った私が車庫入れしたときに縁側にいる母を横に見た。

母が積みあがった袋を開けていた・・・

私が留守だから自分の処分される服を見ていたのだろう。

何年~十何年も着ていない服、

まだ着れるという気持ちからだろうが着ていないから!

昨年の車庫・庭をリフォームした時、

出た大量の捨てる物から母は思い入れがあるものを戻していた。

その時は隠し戻したのだけれど、

今それはどこにあるか本人は覚えていないだろう。

そういうものは母が出掛けるデイサービスの日に捨てるか、

棺桶に入れられるものなら取っておいて一緒に持たせてやろうと思っている。

 

母は病院とは縁遠くて服用している薬がない。

ところが暮らしてみてわかった。

近所の薬局で購入した漢方の風邪薬を持っていた。

隠しているわけではなく私の目に付かないところにあった。

母の席のテーブルクロスの下だった。

その上にランチョンマット、

母は新聞・広告を必ずそこに置くから私は気が付かず。

ダイニング・リビングを母の部屋にして私と生活しているが、

その薬を夜中に頻繁に飲んでいるではないか!

トイレに行くたびにテレビを点けて寝入る。

それ、止めた方が良くない?と言いたいが言えない。

眠れないから飲んでる感じもする。

昼間、寝ているから眠れないんじゃないのかな。

今日の訪問診療で頭痛薬を頼むつもりだった。

私が看護師さんと入院している父のことで話しをしているあいだに、

母は便秘を訴えて酸化マグネシウムを出してもらっていた。

でも頭痛薬は頼まない。

私はお薬手帳で管理したいから頭痛薬もお願いした。

納得していないようだったが・・・

 

 

確執があって呼ばれた時にしか実家に行くことはなかったが、

その時からトイレを使うのがものすごく嫌だった。

一階は父、2階は母のトイレ。

半同居を始めた時から2か月、

私は実家のトイレを使うことをしなかった。

自宅に戻ったり、コンビニに行ったり・・・

 

一階の父のトイレは数十年使っていなかった。

数年前、母が2階の自室で倒れているのを福祉の方が発見され私が呼ばれて、

入院はすることなく2階での全介助になったのだが、

尿・便意はあるのでトイレに連れて行った。

数年ぶりのトイレに愕然とした。

汚いなんてものじゃない!

2階を使っていない今、2階のトイレの扉が開けられない。

公衆トイレやキャンプ場の掃除が行き届かないレベルを、

一軒家でここまでなるのか、と思った。

まあ、ゴミ屋敷のまっ茶まではいかないにしても、

トイレはこの家の一番嫌な場所で使えなかった。

お尻を便器に乗せたくない!

 

母を2階から一階に降ろし、

父がトイレを使うことがなくなったから一階のトイレは普通に掃除して使っているが、

大掃除が未だに出来なくて悶々としていた。

母は掃除が出来なくなっていたことに気が付いた。

スリッパはきちんと並べるが便器の汚れは気にならない。

人間、生きていく中で生活作業の何をしなくなるかというと一番は掃除かもしれない。

掃除をしないことで死ぬかと言えばめったにないことだろう。

 

父のトイレではなく自分の居心地の良い場所として、

意を決して大掃除に取り掛かった!

尿結石・黒ずみを取り除き、這って便器周辺もキレイにした。

母がデイサービスに出掛けた時にしか出来ないからやるしかない。

今日は涼しいし、、、

漬け置きで1時間、掃除で2時間、

目をそらさずトイレが使えるようになった。

気分爽快!

凄い、サンポールは。

塩素99%だから使用するには十分注意が必要だけれど。

 

トイレをリフォームする予定があるからこれで業者を呼んでも恥ずかしくない。

夫が工事を請け負ってくれればなお良いのだけれど。

快適に生活する一歩となった。

今度はサンポールを使って玄関のタイルを磨こうと思う。