父、入院になりました。
入院っていいイメージないだろうけど
あぁまだ入院できるんだって感じかな
でも、もう輸血も限界が来てるみたい
輸血ってボランティアだから無駄にはできないし
できないとなると病院も損失になるから
一か八かの輸血はできないわけで
できなくなればもって数日だってさ
この病気のたちの悪いのって、もう一つあって
痛いとかないし、(息しづらいとかはあるけど)血液検査ででた数字をみてしか
判断できないそうです
だから
いつ死ぬかわからない医者にも
明日かもしれないし
明後日かもしれない
痛いとか苦しいとかだったら
緩和にはる意味ってあるけど
緩和にはいったとこで
ぼーっと死を待つだけってあたしでも嫌だな
でも治ることないのにお金かけて治療もしたくない
残された時間、自分だったら何するだろう
特別なことはきっとしないだろうな
こんなこというのは不謹慎かもしれないけど
誰かが死ぬより自分が死んだほうが
悲しむより悲しまれるほうがいいなって
これもかなりタイムリーだったんだけど
サロン行ったとき、
自分の死に方と寿命、どっちか知れるならどっちを知りたいですか?って
きかれたんだ。
どっちだろうな
でもきっと自分が知らないだけで決まってるんだろうな
なんで頼んでもないのに産まれてきて
生きなきゃいけないんだろうね
生きたいって思うんだろうね
自分の寿命を分けてあげられたらいいのに
て思う