退院後に知ったことですが、私が最初に運ばれて放置された病院は「病気になっても絶対行ってはいけない病院、看護学校を出ても決して働いてはいけない病院」として、有名なところだったと言う話です


「病院関係者で知らない人はいない」という噂(?)として耳に入って来ました



本の題名だったら手に取ってページをめくって見てしまいたくなるような具体的な「噂」だわ



事実だとしたら随分酷い話ですよね







あーあ
なんということでしょう


救急隊員さんは、もしかして知ってたのでは?




もしもご存知でしたら「あ、そこ行っちゃ駄目なとこですからね。他にしなさい、もっとちゃんと病気と向かい合って治してくれそうなところに」とどうして言ってくれなかったのですか?


こういうリストは前もって国民に配っといて下さいよ

「まだ、助かりたいですから、そこへ行くのはパスします」

「そろそろあれなんで、そこにお願いします」
というように、選べるじゃないですか




なんですか、もー

カスをつかんじゃったということですよね



「行ってはいけないとこ行って死にそうになっちゃった」のですよ


もー、もー、もうぅ








私の入院中に夫がものすごく憤慨して、最初に運ばれた病院を「訴えたい」と言い出したことがありました

ようやく意識が戻って自発呼吸が可能になり、それでもベットの上で寝たきりで自分ではまだ何ひとつ出来ない状態でありました



手足は自由になりませんでしたが、かろうじて言葉は発することができていました

ある先生に相談したところ 病院関係者であるにも関わらず「家族としては当たり前の感情である」とおっしゃってくれたのです

また、その先生は偶然にも私が最初に運ばれた病院に 幼い息子さんが救急搬送されたことがあって、ずさんな手際を目の当たりにしたことがあるということで「あそこはまだそんなことをやっているのですか」とも言われたのですが、当時は先生のその言葉の部分にピンときていませんでした



耳が拾ったのは次の台詞でした

私の場合、生き返ったからいいようなものの、これで「見殺し同然」のまま あそこで本当に死んでしまっていたら確実に「遺族は訴えるのが普通」だということでした

実際に訴えるかどうかはさておき、夫の考えは特におかしなことではないそうです


夫の言い出したことは「おかしなことではない」



納得が行かないから
悔しいから
明らかに医療ミスであるから







しかし私はそのとき(入院中のリハビリ時期で)自分が回復することしか考えていませんでした

夫の口にする「訴訟」などは現実的ではないと考えていたのです



置去りにしたのは都内の大きな総合病院であり

命を救って頂いたのは都を出た ある大学病院でありました


捨てられたのも拾われたのも病院です



複雑な思いで夫の憤慨する声を聞いておりました



伴侶としての悔しい心理は理解できましたが、夫の思いをとてつもなく恐ろしいことのようにも受け止めていました




差し当たって自分にできること…………

元の体に戻る努力をすることが夫の考えを阻止する最大の方法なのだと考えていました



あのときは「争いごとに巻き込まれるのはごめんだ」「そんな世界で生きたくない」と思っていましたし、自分の手を離れて闘うことの実感もありませんでした


特に残された少ない力を裁判などの煩雑なことで費やすのは嫌でした


私が向かいたかったのは「回復への道」の方でした

自分の中にある憎しみも、悔しさも、復讐心も、箱の中に閉じ込めて、ただひたすらリハビリの道を進みたかったのです


そうやって全身全霊をかけて、リハビリに向かい、余計なことは一切考えないように努めておりました

考える余地を作らないように がむしゃらに走っていたのは、実際に歩けなくなって歩けない自分の状況に焦っていたからです


自立歩行が叶わない分、心だけはフットワーク良く動いていたかったのです






入院中は自分の無くした力と 冴えている力のことをひしひしと感じていましたから、普段気付いていない方の力について考えるようになってきていました



もしも人間に備わっている力の量が決まっているのだとしたら、歩けることにだけ注ぎ込みたかった


他のことに意識を向けたくありませんでした

ですから「訴えるなんてことは考えられない」と思っていたのは当時としては当然のことだったと思っています






健康を取り戻した今は どうでしょう





ひとの心とは変わるものです


私を担当した医者個人の資質ではなく、病院全体の態勢に対する悪評を知って気持ちは乱れております




病気になっても「行ってはいけない病院が存在している」などということは とても許されることではありません


そんな病院が大手を振って経営を続けていたのです

そして現在も変わらなく続いている…………


東京都の中でも名の知れた大きな病院です





最近では存在が可能である矛盾点を深く考えるようになって来ました






その当時私が訴訟に持っていきたくなかったもうひとつの理由は、当時我家が経済的に逼迫していたことも大きく影響していました


純粋な気持ちで裁判沙汰にしたとしても、お金目当てだと思う人もいたでしょう

夫が他人からそんな目で見られるのは嫌でした

どんなにお金に困っていても そんなことをする人でないことを私は知っていました

だけど世間の人はそうは思わない

そんな世界に家族を巻き込んでしまうのは忍びなかったのです



歩けることだけを目指して静かに暮らしたいと思い、歩くことに対してだけ気を遣って 他のことに気を取られたくないと考えていました





でもどうかな

夫の会社が傾いたあとの借金返済にもメドがついて来ました

私も回復してきて仕事もしています





7年前と違い、望みのほとんどを手にした今、随分聞き捨てならないことを耳にしちゃったものです



「患者が決して行ってはいけない」

「医療に携わる人が間違えても働いてはいけない」






医療ミスに「時効」はあるのでしょうか



「医療過誤」と言う言葉に対して、何も処置をされなかった私のような置き去りにされた患者のケースは 果たして「医療なに?」になるのでしょう

搬送された救急患者を放ったらかしにして見殺し同然に扱った罪は いったい何という罪状になるのでしょう




今でも全く何の処置もしなかった医者の顔が浮かんで来ます

顔も浮かんで来ますが、長い時間向けられていた背中も目に焼き付いています




ひどい病院が野放しにされていて、いけしゃあしゃあと運営されていて

世間的にはまかり通っていたのですよ




もしもあなたのお住まいの近くに私が運ばれた病院があったらどうですか?

救急車で運ばれたというのに なんの治療もされなかったとしたら

もしそれで簡単に命を落としてしまったとしたら…………





そこは過去の新聞記事にも何度か載ったことのある婦人科がある病院でした


評判の悪さで有名な病院が 評判だけでなく「本当に存在していた」と言う恐ろしさを身を以て経験したのが私です





知っている人は絶対に行かないそうですが、知りませんでした

あんなにひどいところだと知る手立てが無かったからです




その頃の私と同じように実情を知らない人は大勢いるはずです




最近、特に思います

実名を伏せたままで記事にしている場合なのだろうかと

自分だけではなかった(亡くなった方が複数人おられる)と知って 何も知らなかった当時と同じリアクションでいて良いのだろうか


これでは酷い病院の片棒を担いでいるのと変わりがないのではないだろうか




そうは思っても 何の手掛かりも足掛かりもつかめないまま、日々の雑用に追われて流されて生きているのが現状です


いったい何処まで転がって
何処へ流されていくのだろう






































前回の記事の続きです


見る者全てを怯(ひる)ませ続けているK君の目の窪みの痣(あざ)ですが………


顔の 目よりも上の部分を打撲した場合、血液は下に下がって来るので直接目に打撃を受けなくても目の回りに痣ができることもあるそうですから「まぁ拳骨で殴られた訳ではないのかもしれない」と思うように心掛けて接していましたが、K君の白目は赤いセロハン紙のように怪しく光っており、仕事中のK君の横顔が視界に入って来る度に どうしたって数日間は明らかに折檻を受けた痕のように感じてしまうのでした





ところが青痣の残るK君の瞼は日にちが経つにつれ、徐々に上瞼(うわまぶた)の腫れも引いてきて目元全体は ようやく化粧の濃いスナックのママのアイシャドウくらいまでの違和感を残すばかりになり、どうにか直視できるようになっていきました



初日に見た時にはどす黒くて痛々しかったのですが、こうして日を追うごとに色の変化が見られるようになりました

一部に小豆色の交じった グラデーションの掛かった蒼(あお)、翠(みどり)、紫(むらさき)と複雑な色になりかけた瞼は 顔の向きや角度によってはエメラルドグリーンに近い色を発していて、もしも光沢があったら玉虫のような色合いにも見えなくもありませんでした






現金なもので 直視できるまでに回復して来ると

「鬼嫁にやられた」って説はみんなの勘違いだったのかも………
と思えてもくるのでした


夫だって「本人が『電柱にぶつかってできた傷だ』と言うならそうなんやろう」と言ってましたしね





「もしかしたら本当に不注意でできた怪我なのかもしれない」実際そう思い始めていました









けれども各人の心配が落ち着いた頃、Aさんが唐突に当時を掘り返すような質問を切り出しました


「ねぇ、奥さんはその傷を見たときに何て言ったの?」


K君は少し躊躇しながら「『どうせなら死んじゃえば良かったのに』と言われました〜」と答えました




へっ





奥さんの連れ子二人(共に小学校高学年)には「グロい」のひと言が浴びせられただけだそうです




えっ




K君の家庭なりの冗談なのでしょう
場の雰囲気を盛り上げるハッパのかけ方だとは分かっていても、耳をふさぎ、顔を背けたくなるような台詞でした







………(一同しばし沈黙)





「そのあとで『バランスが悪いから、なんならもう片方も潰しちまいな』とも言われました」(K君、照れたような苦笑い)



に、苦笑い!




で、鬼嫁は冷蔵庫から生肉を出して来て 傷に当ててくれたのだそうです




生肉を?
どうして!



民間療法と言いますか

ある国ではこうして傷を治すこともあるのだとか






彼女の別れた元夫がDVの酷い人で、よく殴られていたので そんなときお姑さんが落ち着いて生肉で手当てしてくれていたのだそうです






そうかも知れないです
民間療法を否定するつもりはありません

それはそれで早期の応急処置にはいいのかもしれないですけれど いったい、いつの時代の治療法ですか



ここは現代日本なのですから
安心の為にも改めてお医者さんにも行きなさいよ


患部は大事な脳にも近い目なのですよ








結局子供さん達は傷の心配よりも先に「K君の傷に乗せられたお肉が食べられるかどうか」の方に関心を寄せたのだとか





…………


………………








え!!!!!
それで今日は頭が痛い?



なにっ!
目の奥の方も痛い!


光りが眩し過ぎるですって!





後遺症は怖いですよ


眼科でも皮膚科でも外科でもいいから
兎に角行っとけば良かったのに………


悪いことは言いません
今からでも遅くないから行って検査を受けて来なさいな






ええっ
眼科には行ったの?


一応行かせて貰えたのね………



「酷いケースでは網膜剥離になる」って言われたですって!!!



それ
ボクシングの選手におこるやつじゃないの?



はぁっ!
初診料と薬代で5千円を超えちゃったから
CT検査とかは嫁に却下されちゃったの?

それ以降 眼科以外の何処の病院にも行ってない?








………犯人は嫁かも

K君のあの顔を見てもその反応でしたか?

私は3日後に見た時にだって息をのみましたよ(時間が経過して一番酷い様相を見せていたのかも知れませんが)






あの傷を見て
冷静な言葉が出るでしょうか?



まずは「どうしたのか!」

「何があったのか?」などを尋ねるでしょう






張本人だからできる落ち着きだったりして

或いは自分が受けて来たことに対して麻痺しているからこその反応であるとか……









あー
いけない
私は他人を見た目やイメージや噂で判断しがちだな




もしも将来裁判員制度で選出されちゃった日には、悪人顔の人を犯人だと決めつけ、常日頃の素行の悪い証言を聞いたり、態度のなってない人だと判断した場合は即刻有罪の判定を下しちゃうんだろうな



それとこれとは別問題だと分かっていても………



疑わしきは罰せずの「推定無罪」の精神に則(のっと)れずに「推定有罪」の判を押しちゃいそうだわ







人を疑っちゃいけないけれど
想像は現実を上回ったりもします





結局今回の騒動の真相は薮の中

「推定有罪の色濃し」のままで


























その日「おはよう」と言って顔をあげたK君の目のまわりには どす黒い大きな痣(あざ)がありました




びっくりした私は思わず「誰と喧嘩したの!」と声を発していました

大方お酒の上で、もみ合いから 殴り合いにでもなったのだろうと思ったからです




目立ったのは目の痣でしたが、手首にも本来なら縫うべき深さの傷が続いてありました

点在する切り傷は黒ずんだ血液で塞がれていて、素人目にも手当を受けていないことが分かる有り様でした






K君は「いや〜、お酒は1〜2杯しか飲んでいませんでしたよ」

「前後の記憶は曖昧でよく覚えていない」と言いながらも

「確か、ぼーっと考え事をしていて自転車で電柱に突っ込んじゃったのです」と説明してくれましたが、どうして凹凸の無い電柱に当たって、窪んだ目の辺りをえぐるような傷ができるというのでしょう






もしかしてフランケンシュタインの頭を貫通しているような鉄骨の出っ張りの足場部分が目に当たったとでも?




いえいえ
そんな危険なものが人の顔の高さにあるはずがありません

上に行くための出っ張りは、もっと上の部分から突き出ているでしょう

そうでなければ誰だって簡単に電柱を上って行くことができてしまいますものね








案の定、他の人達も疑わしい目を向けていました




昼休みになるとAさんが「あの痣はグーパンチ以外では付かない」と力説し「もしも電柱にぶつかったのなら まずおでこや、頰や顎などの凹凸の凸の部分が怪我をする筈よ」

「引っ込んだ目のまわりを損傷するなんてあり得ない」

「仮にも自転車のハンドルか何かにぶつけたなら兎も角」

「いいや、ハンドルだったらあんな傷にはならないわよ」

「球体のもの、堅いボールか…………」

「ううん、やっぱり人間の拳骨以外には考えられないわ」と結びました





…………

そうかも知れない………









夕方になって、よく来社される他社の社長さんがみえた時に やっぱり青黒い痣を見て驚きの声を発しました

「やっ、K君その傷はどうした!」「誰にやられたんだ!」と




するとK君は苦笑いしながら「誰って………決まっているじゃありませんか」と受けたのです


K君は冗談のつもりで言ったのでしょうけれど、同じ部屋にいた皆は聞き耳を立てていた分 ぎくりとしました




(や、や、やぱっり犯人は鬼嫁!!!!!)





部屋全体が凍り付いた雰囲気を察したのか、今度は慌てて厚みのできた氷を融かすかのように「嫌ですね〜、洒落ですよ、洒落!」「本当に電信柱に激突したんですってばー」と言ったのですが、時既に遅し


複雑な表情になっていく社長さんを含めて そこにいた全員の顔が再び強ばりました







怪しいよね
限りなく怪しいです









この話を引っさげて家に帰って早速夫に話したところ

夫はいとも簡単にこう言ってのけたのです


「みんな大人やろうが」

「監察医やないんやからな」

「本人が『電柱にぶつかった』言うてんのやったら そうなんちゃうか〜」

「そんなときは本当のことなんかどうだってええねーん」





「監察医?」

K君は生きてるよ






そうだわね

そりゃそうなのです




夫は一部分を除いて正しいですし
人としても温かいです


だけど実際にK君の目のまわりの傷を見てないから言えるんだよ

あれを見ちゃったら 詮索もしたくなるってもんだわさ




K君のところの鬼嫁が空手の有段者だってこともまだ知らないですしね























「インギー」って何?

ご存知の方もおられると思いますが、聞き慣れない言葉であります

私は「インギー地鶏」のことを最近知りました


「インギー」とはオランダ語で「イングリッシュ=英国」のことを指すのだそうです






  ーーー***ーーー***ーーー



1894年(明治24年)暴風雨によって上海から米国ワシントン州のタコマへ向う途中に座標した英国帆船「ドメルタン号」は種子島(たねがしま・鉄砲伝来で有名な島です)に漂着しました


これを見つけた島人はホラ貝を吹き鳴らして仲間を集め自らの命も顧みず船員達を救助しました

幸いなことに死傷者を一人も出さずに29名の乗組員は種子島に上陸することができました


島人は自分達の家に乗組員を迎え入れ手厚くもてなしました

このとき小学校の校長先生が筆記通訳に当たったと言います


舟の修理には4か月かかりましたが、島人は乗組員さん達のことを親しみを込めて「インギーさん」(英国人さん)と呼び交流を深めたそうです


迅速な救助と手厚いもてなしに感謝したコーウェル船長は島を離れる前に11羽の鶏を贈りました


広東省を出る時に食料用に積んで来た「英陽鶏」です

この鶏は小型で尾羽の短い珍しい鶏でした

食用に船で飼われていただけあって、味も良く沢山の卵を産みました


島人達はこの鶏を「インギー鶏」と呼んで現在迄大切に育てて来ました





*ーー南種子インギー鶏振興会説明文より抜粋ーー*








インギー鶏は2013年に天然記念物の指定を受けました

(鹿児島県及び南種子町からは文化財指定されています)


天然記念物を食べることは出来ないのでF1種のインギー地鶏(交配種)が食用として飼育,生産されています

因みに本家本元である 英国種の英陽鶏は絶滅したとされています






この種子島で生産されているインギー地鶏がですね

美味しいの何のって


私は鶏肉への意識が がらっと変わりました


肉のランクでは「牛」→「豚」→「鶏」の順でしたし、鶏の胸肉に至っては「あんなぱさぱさした部位ははごめんだわ」という思いを抱いておりました



ところがでございます

インギー鶏は 脂がお腹にまわるまで飼育するので、どの部位もぱさぱさ感とは無縁です


適度な歯ごたえがある上にジューシーで
スーパーで購入する鶏肉とは比べものにならない味がするのであります


両親に食べて貰ったところ声を揃えて「美味しい美味しい」「幼い頃に食べた鶏肉の味がする」と言って舌鼓を打っておりました





普通に売られている水っぽくて、妙な柔らかさの鶏肉は何処の工程で使われているのかは分かりませんが、素人の舌でさえ薬付けの予感を持ちます


安いものには安く売れるだけの仕組みがあるのでしょう




種子島の南種子町でしか生産が許されていない「幻の地鶏」は安納芋を主体とした餌で120日をかけて飼育されているそうです


何とその鶏を使って無添加のハムやウインナまで作られています



加工品に添加物無し?!


私は添加物反対論者でも何でもありませんが,加工品を作る過程で無添加にすることがどんなに難しいことであるのかを良く知っております


何故なら家庭で何度か手作りウインナなどを作ったことがあるからです


個人で作ってそのまま食べるなら兎も角 流通に乗せるまで幾日かは要するのに防腐剤や結着剤、発色材や化学調味料を使わずに仕上げることは不可能に近いことではありませんか








まだカレンダーは4枚も残っていますが、インギー地鶏を知ったことが今年一番の収穫だと言っても過言ではありません



意識が変わる程美味しいものに出会えたのですからねナイフとフォーク



飼育に3〜4倍の期間を要するので価格もそれなりですが、納得する美味しさですのよ

販売数がそれ程多くありませんし、流通の波にがんがんに乗っていると言う訳ではないので通販に頼りましたが、期待以上の味わいを体験しました



私が食べたのは インギー地どり事業協同組合 生産・飼育 (株)「ロケットの島から」というところのものでした




まだ食したことの無い方も 機会があったら是非お試しあれ♡



























例のクビを言い渡された新人さんですが、最後に仕事が一緒になった日に「おはようございます」の挨拶もそこそこに血相を変えてやって来てこう言い出しました


「私がクビになったっていうようなことを誰かに言いましたか?」

「辞めることは岡さんにしか言ってないのに、どうやら皆に知れ渡っているみたいなんです」





「岡さんにだけ」と言われた時に嫌な予感はしたんだ


こんなこと「私にだけ」って訳にはいかないでしょう………







はぁ?

いくらボンクラ所長だとて
そりゃ
言わないで済まされないでしょうよ

何故伏せなきゃならないのですか?





………いいえ

私の口からはどなたにも言ってませんけれど、その日のうちに所長が発表しましたよ


多分、改めて朝礼でも発表されたのでは?…………。




(所長にしては珍しく「クビにした」とは言いませんでした)

私達には「Mさんには今月いっぱいで辞めてもらうことになった」と伝えられただけす





「ええっ!」

「そのニュアンスも微妙ですね」

「言っときますけれど、断じてクビになったのではなくて、こっちが辞めることにしたのですからねっ!」






「今日を最後にもう辞めて行くのですから、どっちだっていいではないですか」とは思ったものの Mさんの勢いに押されて たじたじとなっておりました






辞めるにしろ
辞めさせられるにしろ


兎も角、辞職して去って行く人です


そんなにこだわりを持つのでしたら 何故今迄きちんと働かなかったのですか?


本人以外の誰もが「辞めさせられたことが事実だ」と思って納得してますよ

だってそれ迄に何度か警告を受けていましたでしょう?


「このままだったら辞めてもらう」って




私だって はなむけの気持ちとして、そこんところはわざわざ掘り下げることを避けていましたのに


その部分を明らかにしたら傷付くのはMさんご自身ではありませんか






じゃぁ自分で撤回なさいませ

「クビじゃありませんってば」「断じて解雇じゃないです」って印刷してビラを撒くなり、回覧板を回すなり なさいましな










ああ
辞めてくれて良かった

こんな被害妄想の激しい、訳の分からない人と 金輪際肩を並べて働くのはごめんだわ

良いところで去ってくれて本当に良かった



名残惜しさも
悲しさも
悔いも残さずにいなくなってしまった


Mさんのいいところは「あのとき もっとこうしていれば良かったのかもしれない」「あんなことも、こんな手立てもあったのではないだろうか」などと、出来なかったことへの後悔の念を他人に思い浮かばせないところです

従って、誰もがこれっぽっちの罪悪感を抱くこともありませんでした




「これでやっと ほっと出来るわね」
先輩達が囁き合っていましたし,その囁きに頷く姿もあちこちで見られました





いなくなってくれたあとに 清々(すがすが)しい思いだけを残す人は そんなにいやしません


はなむけの気持ちは宙に浮いちゃったけどね



























どうでもいい話ですけど

その上、随分前のことで「何をわざわざ今更な話」ですけれど






最近は目立ったヒット作が無いので
お若い方はもうご存知ないでしょうか


ジョン・ローンという 一寸冷たい感じの漂う俳優さんが一世を風靡していたことがあるのです

何と言っても注目を集めたのは「ラストエンペラー」でした







これまた昔のことになりますが、到着したばかりの北京空港で偶然 その「ラストエンペラー」に主演した「ジョン・ローン」さんに遭遇したことがありますんです




わたくし、生まれは辺鄙な片田舎でしたけれど東京住まいになって久しかったので、それまでにもタレントさんや俳優さんなどの有名人に会う機会は何度かはありました


しかし遠巻きに「あら、誰それさんだわ」と立ち止まることはあっても「はしたなく御本人に近付いて直接話し掛ける」などという暴挙に出たことはありませんでした





けれどもこのときは 何の迷いもなくしましたのよ


外国に降り立ったという開放感からでしょうか



いえ、いえ
今思えばですけれど

胸がきゅんとするような「憧れの銀幕のスター」を自分以外の人達が知らないことが余程悔しかったのでしょう



空港内にいる誰よりも素敵な風貌でしたのに、どなたも振り向きません


同じ人間とは思えない強いオーラを発しているのにですよ



ああ
こんなに「かっちょいい人」が空港内の一隅とは言え、どうやったって人目に付く場所で撮影をしているというのに誰にも気付かれないとは…………



「有名人だということを 是非この国の人達にも知らしめたい」という心理が働いたからだったようにも思えるのです






兎も角、条件反射で 映画のカメラの動きの止まった直後の撮影合間の彼に向かって駆け寄ったのです





私の姿はその頃の一般的な日本人像として浸透していた「はにかみ屋さんの日本女性」には決して見えなかったことでしょう




走り寄って行く最中に分かりました

「知らしめたい」だなんてことは嘘っぱちもいいところ

詭弁(きべん)に過ぎませんでした

ええ、ええ

ただの言い訳でしたわよ





惹かれたのです
物理的に手の届く距離に存在する彼に






当時の中国では「ラストエンペラー」もまだ上映されていないらしく、誰も彼が映画スターだと言うことを知らなかったことは幸運でした



撮影のスタッフがいるだけで
たった一人の護衛の者さえも付いていなかったのですよ



従って突然お洒落で二枚目な男性に駆け寄って 片言の中国語でふんがふんが興奮して喋る私を中国人民達が訝(いぶか)し気な顔で見つめていても当然のことでした








もっとラッキーなことに一人旅の私の行動を止める者は誰もおりませんでしたから、簡単に近寄ることが出来たのです





そのジョン・ローン様がですね

快く迎えてくれたのです

その上「もしもカメラを持っていたら、一緒に撮影しても構わないですよ」とまで言ってくれたのですよ



サービス精神旺盛な方でした
「見知らぬ厚着をした国籍不明のバックパッカーもどき」に対して実にジェントルマンな態度で接してくれたのですからね




なんと写真に撮る瞬間に リクエストもしていないのに肩を抱いたポーズまでしてくれたのですよ



緊張したったらありゃしません




公表されているプロフィールの数字がどうであれ
身長がそれ程高くないという点もツボでした( ´艸`)



ノートに書いてくれたサインには名前と並んで「愛」という字が記されていました








最初にソフトな落ち着いた声で「何処から来たのか?」と尋ねられました

「日本からです」と答えると「何故北京空港にひとりで来ているのか?」「大抵の日本人は団体行動を好むのに」と囁くように聞き返されました


(極寒の冬季の中国東北部をまわる予定でしたから、誰も誘いに乗ってくれなかったのです)




大いに照れながら「語学の勉強に来ました」と言い(本当は観光です) 改めて横顔をまじまじと見つめると、言うまでもないことですが………

頭がくらくらする程の二枚目ぶりではありませんか



声も顔も良いんだわ




普段でしたら到底手の届かない人の隣に立っているのです



そ、それに
な、な、な、な、なんと
ジョン・ローン様の
て、て、手が己の肩に乗っかっている………


地に足がつかないとはこのような状態のことを言うのでしょう

つい「ぽわわわわーん」としてしまいましたの





間近で顔を見た途端「わー かっこいい♡」「うひゃー 超ハンサム☆」と心の中に灯った叫び声が思わず口から出て来てしまったのでした


すると、とびっきりの笑顔で「スラングを話すとは中国語に堪能なのですね」「さっき君は『語学の勉強に来た』と言ったけどは必要ないのでは?」と言われちゃって、返事に困りました


とびっきりの笑顔ったって
両方の口角を上げた程度ですけれど
なにせ元の顔が整い過ぎていますから
ほんのちょっとの変化でさえ表情に出て、こちらに伝わって来るのです(ジャンルが全く違うので比べても意味がありませんし、ジャッキーはジャッキーでご活躍していることは認めます。けれどもそこの機微がジャッキー・チェンなどの顔の動きまで大袈裟に演じる香港のアクション俳優達との大きな違いでもあるのです)







この私の中国語が
堪能?

全く違いますよ
知っている範囲の 覚えたてのスラングしか話せないのでしたから





彼は銀幕の向こうにいるときと少しも変わらぬハンサムぶりを発揮していましたが、映像で見るよりは遥かに華奢な体格の紳士でした


「きらめく」というよりは「いぶし銀」の如く渋い魅力を発する人でありました

また一方では静かな雰囲気に包み込まれていて ガラス細工のような脆(もろ)さも感じました。




噂に違(たが)わぬ(ジョン・ローンのLoneは英語表記では孤独の意味であり、それを踏まえて付けたという説もあり)淋し気な微笑みに魅了された私は 彼が立ち去った後も、撮影隊が機材を片付けて、ざわざわと はけて行ってしまった後も余韻を捨てがたくて暫くその場所に立ったまま動くことが出来ませんでした



魂が抜けちゃったと言いますか

腑抜けになってしまったと言いますか


釘付け状態が持続していたんですね









それまで自分が取り立てて「ハンサムな人が好みだ」などと思ったことはありませんでした


けれどもそのときの胸の高鳴りは 紛れも無い「無茶苦茶なハンサム好みだったのだ」と気付かせてくれたのです


同時に自分がミーハーだということも痛感しました









その日も

翌日も

そのまた翌日も


来る日も来る日も麺を食べました


折角美味しいもので溢れている国に来たというのに麺類ばっかり



拉麺屋に入ると「シェンマ麺?」(どんな麺だ?)と聞かれるのですが、その度に「素麺」だの「羊肉麺」だの「雲呑麺」だのを頼みました



連日
麺ばっかり…………


そうです

気付いたばかりでしたが
正真正銘の面食いでしたから










20年以上前の出来事です

種明かしをすれば、実は外食時におかずの頼み方が分からずに 安易に頼める一品料理の麺に走っただけのことですラーメン


不勉強であったので「どれが汁物でどれが塩味であるのか」の区別も付きませんでした

町の食堂ではおかず2種とスープを選ぶことがポピュラーでしたが、2種類のおかずは思いの外 量が多く、上手に組み合わせることが困難でしたし、水餃子を個数ではなくて1斤や半斤などの重さでオーダーすることも知りませんでしたから、結果的にしくじりの少ない「麺」を食べることが多かったのでございます(*v.v)。



因みにジョン・ローン様は漢字表記では「尊 龍」と書き、本名は「呉 國良」←(真面目か)と言います




どうだっていい?


そうでしょうか

John Lone

「尊 龍」(Zun Long)

名前までが格好良いじゃありませんか( ´艸`)































先日ボランティアに行った時のことです


ある利用者さんから「意地悪」と唐突に言われました

その次に浴びせられた言葉は「幼稚園以下」でした



はて?

この方とは普段から揉め事もなく、その日は特別接点もなく、訪ねた時に広間で全員を相手にご挨拶を交わしたのみでしたから いきなりの捨て台詞に本当に「は?」となったのです




よくよく胸に手を当てて考えてみると その人は私が他の利用者さんのお世話をしたり、会話をしていると機嫌が悪くなる傾向が強いようだと思い至りました


それで手引きの必要のない方なのですが、もしかしたら「触れ合いたいのかもしれない」と思って立ち上がる時に手を差し出してみたら今度は「何よ! 気持ち悪い!」と言われて手を払い除けられちゃった



面倒くせー




彼女はまだ若年であり、認知症ではなくて脳に障害を抱えた方ですから 他の方達とは少し違っているのですが、服薬している薬の作用によって症状の出方がまちまちで、私はまだ応対に慣れていませんでした(処方された薬の効果を試している期間なのか ときどき薬の種類が変わります)




記憶力は優れていますし、日常のほとんどのことが自分で出来るのですが、気分屋で妄想癖もかなり出て来ています

気が乗らないと返事をしませんし、都合の悪いことを言われると寝た振りをして誤摩化し通そうとします




こんなふうですからご家族との軋轢も酷いらしいのです

自宅では家族に暴力を振るったり、物を投げたり、大声を出したりしてご近所から苦情も出ている人物です


本来でしたら専門の施設に入るべきなのですが、受け入れ先が決まらず認知症の方達に交じってこの施設に在籍をしています






以前からベテランの方に「小学校低学年だと思って接して下さい」と言われていましたが、誰に対しても頻繁に使う「あんたの気持ちなんかどうだっていいのー」「私の気が済まないのぉ!」などという台詞からは もっと下の4歳児あたりなのではないかと推察していました


小2の孫でさえ4〜5歳の頃にはもう人の気持ちを推し量ることが出来ていたと思うのです

悪いことをしたのを叱る前に声を落として「そんなことをしたらばあちゃんは悲しいよ」と言えば「ごめんなさい、もうしません」と謝ることが出来ていました






5歳児以下ですか

そう思えば気が楽になるし腹も立たないのですが、何しろ見た目が中年の奥様風(実際は独身者)ですから、その気持ちを持続することは難しいのです



「幼稚園以下」


家庭でも揉め事が耐えないそうですから、どなたかから言われているのでしょうか


その言葉を彼女が日常的に直接言われているのか、または間接的に耳にしたのかは分かりませんが「幼稚園児以下」の意味の言葉は彼女にとっては最大級の悪口であり、罵りの言葉なのでしょう



それを何の脈絡もない場面で発しました

機嫌が悪いという合図に他なりません






おやつの時間には今度は私が配った飲み物とおやつを完全拒否されました

「いらない!」

「食べたくない」

頰ペたをふくらませて ぷいっとそっぽを向きます



男性職員が隣に座って「何で食べないの? 僕が貰っちゃおうかな」と言うと、嬉しそうな顔を向けて甘えた様子で「あーん」と口を開けました


それで結局全部食べさせて貰っちゃった



「水分も摂ってね」と言われても 一向に自分でコップを持ちません

赤ちゃんになったかのように甘えて飲ませて貰っています






ううーん

そこまでの配慮は全くありませんでした





私が用意していた台詞は「食べたくなかったらおやつは残しても構いません」

「けれども水分だけは摂って下さいね」でしたから、あっさりしたものでした






ですから目の前で繰り広げられている光景は
うへー
面倒くせー(パート2)な訳です





「面倒くさい」という心の叫びが顔に出ないように気を付けながらも「同じようなことが自分に出来るだろうか?」と問うてみました


身の回りの自分で出来ることが少なくなって来ている人達の中にいて、見掛けは中年のガタイのいい健康なおばさんの甘えの要求に応えられるかな…………



迷いが生じました




出来ないだろうな

修行が足りないから出来ないんだ




少し反省の気持ちも含めてしょげていると ある利用者さんが「岡さんは悪くないよ」「女だから言うことを聞かないで反抗してるだけだから」

「女の職員さんの手引きは払い除けるのに、男の人だとしなだれかかってるんだよ」

「いつものことだよ」

するとまた別の方が「自分で出来ることもやらないんだわ 男好きなだけだから放っときなさい」と言葉を継ぎました





最年長のご利用者さんが とどめをさすように「Iさん、あんたは若いし、体格もいい」「何処も痛いところも無さそうなのに体操もしなければ、なんだかんだひねくれて拒否ばかりしてる」「我がままを言うのも大概にしなさい」「そんなにいつも仏頂面ばかりしてると そのうちみんなに嫌われるわよ」「お世話してくれる人に無駄な手間をかけなさんな」といさめたのです






ありまぁ
認知症軍団だとて侮れません

他人の観察も出来ていますし

ここには独自の小さな世界があり
社会性のようなものも存在しているではありませんか

発言の順番もあったのですか?
トリのようにまとめる役も決まっていたのでしょうか




認知症だとて それぞれの人が自分の気持ちを言うだけでなく「気落ちしている人を慰める」という機能も失っていないではありませんか



























その日は朝から 6月に入社した変わり者の新人Mさんが何だかそわそわはしていました


けれども「そう言えば」といった程度の落ち着きの無さでありました






以前から「クビになるのだけは嫌だ」とは言っていましたけれど、でしたら率先して仕事をこなすとか、もう少し気配りするとか、状況に見合った配慮をすればいいものを 彼女はこれまで他人の足を引っ張る方向にしか努力を惜しみませんでした





例えば朝礼で誰かが褒められたとします

そのときに褒められた人は つい最近入社したばかりの最新人さん(Mさんのあとからの採用)で、素直で黙々と働く心根の良い女性です

私達の誰もが正当な評価だと思って彼女に対する褒め言葉を頷いて聞いていました




しかし驚くことにMさんは朝礼の輪が解散したあとにこっそりと「あの人が褒められたのは私が助言したからなのよ」と囁くではありませんか


はい?
何をどんなふうに助言したのですか?

と問えば


「『この会社では誰それさんと、誰々さんが偉いから その人の前では上手く立ち回るように』とアドバイスをしたので彼女は今日褒められたに違いないの」


「ひいてはそのアドバイスを言った自分の手柄になる」
と宣(のたま)う訳です



いいえ


褒められた御本人は陰日向なく働く方です

彼女は入社した当日から実に丁寧に仕事をこなしていましたし、分からないことに対しては適切な人に質問して教えを請い、次に同じような場面が来た時にはもう覚えているという聡明な女性でしたから、Mさんの影響を受ける隙すら見せなかったと思えるからです



第一Mさんもそんな策略など伝えてなどいなかった筈です

全くと言っていい程 接点も無かったのでは?





まぁそれは良いとしましょう

ほんの小さな嘘ですし、多分に妬みも含んでいることでしょうから








ところがその日、定時刻になってとっくに帰ったものだとばかり思っていたMさんが 再びひょっこりと顔を出して「私、来週限りで辞めますから」とわざわざ伝えに来たのです





えええええーっ
朝からそんな素振りも、身振りも、前振りも 微塵も見せなかったではありませんか!



急に ど、ど、どうしたのですか?


「まだ誰にも言ってないけど、岡さんは私を人間として扱ってくれたので特別に言います」


!!!!!

(だっていくら変わり者で通っているとしても人間でしょう?)

(人間同士ですもの 当たり前のことです)




(例え心の中で困惑したり動揺していたとしても)
皆だって普通に話していたじゃありませんか





「いいえ、他の人は話にならない酷い対応でした」


(私だって最初は戸惑いましたよ)






「所長とはどうも馬が合わないから」

「何処までいっても平行線だし………」






ちょっとMさん、所長とは誰も馬が合いませんよ

今更どうしたって言うの?

なに言っちゃってるの!

所長には呑み仲間以外で話の合う人なんていないじゃありませんかー







「面接に行って受かったところがあるので、今度そこで働くことにしました」


えっ!

それは何処ですか?



「東京ですよ」






私は面接に行ったということも そこに受かったと言う話も嘘だと思いました

何故なら我々の会社も東京に位置しているからです

咄嗟に出てこなかったのでしょう



しかし、よりによって「東京」ってねぇ



普通は、はっきりと次の職場の名称を言わないにしても 駅名であるとか、職種であるとかを答えるでしょう

それを「東京」って…………

ぼやかすにしたって範囲が広過ぎて不自然極まりないわ
(-"-;A




それにMさんの性格からして もしも次の就職先が決まっていたら黙っていられる訳がないのです

自ら身を引くということは最悪の状況である「クビを言い渡される」ことから逃れられる唯一の方法ですからね








Mさんが帰って行くのと同時くらいに所長が皆の前に顔を出しました


「あらっ? 所長、今日は休みじゃなかったですか?」

社員さんが驚いて声を発しました



「そうだよ、Mさんに引導を渡す為だけにさっき来たんだよ」

「彼女には辞めてもらうことにしたからな」






あー
とうとうクビになったのね(><;)


きっと所長からは「話がある」としか言われていなかったのでしょう

それでやっとMさんが朝から何となくそわそわしていた原因が分かりました

しかし「話の内容」までは明確に把握していなかったのでしょう







「辞職勧告」というのでしょうか

実際に真正面からクビを言い渡されたってことでしょう?




プライドの高い彼女はその事実を言えなくて「うんぬんかんぬん」と言って帰ったのね


「クビになるのだけは嫌だ」


そう言っていたのに 残る努力もせず、新たに面接にも行かぬうちに一番怖れていた「クビ」を宣言されちゃったのね

よりによって一番毛嫌いしていた所長から直々に引導を渡されたのですから Mさんの人並みはずれて尖ったプライドは ずたずたにへし折られたことでしょう





あと一回だけ出勤日が重なります


最後の日に例え彼女が見え透いた嘘を言おうとも
構築が てんで出鱈目な未来予想図を語ろうとも
聞き役に徹します


「クビになったんじゃない」

「自ら辞めて新しいところに就職するんだ」



その言葉に頷(うなず)きましょう




それが私からのお餞別

肩を並べて働いたのが10日にも満たない薄い縁の人とのお別れです

何かを贈るのも大袈裟でわざとらしいですから 余計なことを何も言わないことを餞(はなむけ)にしようと思っています




































断って置きますが、歌の題名でもゲームのことでもありません


夏の雨
言葉通りに ただそれだけの意味です








夜半から朝方にかけて激しい雨になりました



ここ何日か続けて雷雨に見舞われましたが、運のいいことに出勤時刻と退勤時刻には雨に当たらずに済んでいます




本日も午後からは一転して所々に青空も覗いたりしましたが、夕方には再び雨模様の予報が出ていますから、天候不順を絵に描いたような一日になる訳ですね






元々の予定通りでしたら今朝の雨が一番酷い時に実家へ行くはずでした

本日が父の誕生日だからです



天候が理由ではありませんが、一昨日の午後に急遽 息子一家と共に実家へ向うことが決まり、予定は変更になって昨日行って来ました





偶然の出来事でしたが
ラッキーでした







若い頃の私は一旦決めた予定を違(たが)えることを好みませんでした

小心者でしたから「予定通りに行動し、決めたことを滞り無くこなしてこそ安堵出来る」と思ってたのですが、徐々に家族も増え、自分自身も体力的に問題が出て来始めてから考えは大きく変わりました


以前は小心者な癖に尖っていたのですが、肝も座ってきて角(つの)も短くなり、丸くなり出しました





予定とは変わるものだし
意地を通してもそんなに良い結果は出ないな



ひとに合わせる
ひとのお世話になる

こんなことが増えて来たからでしょうか





夏の雨になど打たれても どうということもない


冬の冷たい雨に身を濡らすのは敵いませんが、夏の雨ごときにずぶ濡れになったところで何の問題があるでしょう


つい最近まで 本当にそう思っていましたのよ



けれども もう嫌ですね

寒かろうが暑かろうが、雨に打たれていいことなどありません








あら、そんな亊を言っているうちに本気の土砂降りの雨になって来ました

今、外を歩いていたら ずぶ濡れでしょうね



春先や秋の長雨と違って夏の雨は「運不運」に左右されることが多いです






あら、あら 
たった数分しか経っていないのに
たちまち雨脚は弱まり

ほらまた、今度は白い雲の彼方に青空が覗いています




今日は外出を控えたので家の中から空を眺めたり、道路に流れる雨の跡を追ってみたりしてぼんやりと過ごしました




夏の雨

本当にとらえどころがありませんわね


夏の雨に限ったことではありませんけれど 自然の摂理に逆らったところでどうしようもありません

じたばたせずに現象を受け入れて 共にすすんで行くしか手立てはないってことでしょうか

天候ばかりは自由に操ることは出来ませんものね










































丁度「職場シリーズ」を書いているときのことになり、書きそびれていましたが授業参観をする機会がありました



先々月のことです

お嫁さんから「一緒に行きませんか?」と誘われて 小学校2年生の孫の授業参観にほいほい行ってきました







そのときにびっくりしたのは授業中に立ち上がって歩いたりする子供さんの多いことと、教科書や文房具などの小物を落とす回数や私語の多さなどでした





あんまりあちこちで物が落ちるので

落とす回数が何故多いのかを観察してみました



どうも机の面積に対して教科書や筆箱が大きいようでした

今の教科書やノートは大きなサイズなのですね


私の頃はどちらも半分の大きさでしたから、机の上の全てがデラックスサイズになっているように感じました




きっと机の規格は昔と同じでしょうから、あれじゃぁどうしたって収まり切らないはずですわね






しかし、一番驚いたのは「ふらつき回るお子さんが複数人いたこと」です


特定の問題を抱えた同級生以外に 授業の最中に立ち上がって歩き回れる雰囲気など自分の小学校時代には到底ありませんでしたよ




一瞬「学級崩壊?」とも思いましたが、お嫁さんも「違いますよ」と言いますし、そんな大袈裟なことではなくて ただ単にまとめ切れていないようにも見えました



何と申しましょうか
軽い?

先生の存在が薄い?



自由な雰囲気と言ったら聞こえはいいですけれど 生徒達の身勝手な行動と先生の空回りの部分が目に付きました


はい
確かにフレンドリーな部分が増えて「教師の威厳」は失われているようにも感じました





昔と比較しても意味がないかも知れませんが、昭和の真ん中辺くらいまでは 父兄サイドも「先生様の言うことを聞きなさい」といった姿勢で学校の方を向いていて、子供である私達も例え贔屓の目立つ性格的に問題のある先生であっても「知らないことを教えてくれる人」と言う ちょっと上に位置する存在に感じてはいました



高学年になって反抗的な生徒が登場するまで「先生の存在は絶対的なもの」であって、日常的に対等ということも無く,従って会話も「ため口」ではなかったように記憶しています


それがいいか悪いかは別として、生徒と先生は別格で間には高い壁がそびえ立っておりました

態度も,口のきき方も違っていましたし、勿論 先生は親とも違う存在でした





孫の担任はそれ程お若いようにはお見受けしませんでした

中年手前の地味で小柄な女性でした






新規に採用されたとも思えない風貌の人でありましたのに どうも余裕も包容力も足りません



私達が参観したのは算数でした
筆算の引き算



肝心な教え方についてですが………

残念なことに そんなに上手じゃありませんでしたの



父兄がいいる手前、緊張してあがってしまったのかも知れませんし、普段はもっとお上手なのかも分かりませんが、余計なことを言い過ぎてポイントがぼやけていました


教えることが職業なのに「上手じゃない」って基本が駄目じゃないですか?

テクニック云々の前に
退屈させちゃ駄目でしょう



先生
まずは教え方の勉強を し直しましょうよ


喋り方の訓練を怠らないとか
生徒を惹き付けるテクニックを身に付けるとか
気を逸らさない説明の仕方を研究するとか





「教員採用試験に受かったから先生だ」なんて思っていてはしょうがない


先生ご自身も
一生涯が学習なのでは?



自らが学習して向上していかなきゃ駄目だと思いますよ


授業中に立ち歩くことも許しちゃいけません

そこは けじめですもの


個々の家庭に問題があったとしても、クラス全体の雰囲気はある程度先生が作っていくもの


是非ともぴしっと注意なさいませな

そう言うことを教える立場の人でしょうに





低学年の生徒をまとめられないようで、この先どうして教師を続けて行けましょう


教師に限らず、最初っからその職業に向いている人などそういますまい

適性は「ある、なし」だけじゃなくて、足りなかったら足りないなりに身に付けていくものだと思うのですけれど




頑張れ先生☆


新学期こそ変われるチャンスです
もう少し落ち着きのあるクラスへ
どうぞ導いて下さいませ