退院後に知ったことですが、私が最初に運ばれて放置された病院は「病気になっても絶対行ってはいけない病院、看護学校を出ても決して働いてはいけない病院」として、有名なところだったと言う話です
「病院関係者で知らない人はいない」という噂(?)として耳に入って来ました
本の題名だったら手に取ってページをめくって見てしまいたくなるような具体的な「噂」だわ
事実だとしたら随分酷い話ですよね
あーあ
なんということでしょう
救急隊員さんは、もしかして知ってたのでは?
もしもご存知でしたら「あ、そこ行っちゃ駄目なとこですからね。他にしなさい、もっとちゃんと病気と向かい合って治してくれそうなところに」とどうして言ってくれなかったのですか?
こういうリストは前もって国民に配っといて下さいよ
「まだ、助かりたいですから、そこへ行くのはパスします」
「そろそろあれなんで、そこにお願いします」
というように、選べるじゃないですか
なんですか、もー
カスをつかんじゃったということですよね
「行ってはいけないとこ行って死にそうになっちゃった」のですよ
もー、もー、もうぅ
私の入院中に夫がものすごく憤慨して、最初に運ばれた病院を「訴えたい」と言い出したことがありました
ようやく意識が戻って自発呼吸が可能になり、それでもベットの上で寝たきりで自分ではまだ何ひとつ出来ない状態でありました
手足は自由になりませんでしたが、かろうじて言葉は発することができていました
ある先生に相談したところ 病院関係者であるにも関わらず「家族としては当たり前の感情である」とおっしゃってくれたのです
また、その先生は偶然にも私が最初に運ばれた病院に 幼い息子さんが救急搬送されたことがあって、ずさんな手際を目の当たりにしたことがあるということで「あそこはまだそんなことをやっているのですか」とも言われたのですが、当時は先生のその言葉の部分にピンときていませんでした
耳が拾ったのは次の台詞でした
私の場合、生き返ったからいいようなものの、これで「見殺し同然」のまま あそこで本当に死んでしまっていたら確実に「遺族は訴えるのが普通」だということでした
実際に訴えるかどうかはさておき、夫の考えは特におかしなことではないそうです
夫の言い出したことは「おかしなことではない」
納得が行かないから
悔しいから
明らかに医療ミスであるから
しかし私はそのとき(入院中のリハビリ時期で)自分が回復することしか考えていませんでした
夫の口にする「訴訟」などは現実的ではないと考えていたのです
置去りにしたのは都内の大きな総合病院であり
命を救って頂いたのは都を出た ある大学病院でありました
捨てられたのも拾われたのも病院です
複雑な思いで夫の憤慨する声を聞いておりました
伴侶としての悔しい心理は理解できましたが、夫の思いをとてつもなく恐ろしいことのようにも受け止めていました
差し当たって自分にできること…………
元の体に戻る努力をすることが夫の考えを阻止する最大の方法なのだと考えていました
あのときは「争いごとに巻き込まれるのはごめんだ」「そんな世界で生きたくない」と思っていましたし、自分の手を離れて闘うことの実感もありませんでした
特に残された少ない力を裁判などの煩雑なことで費やすのは嫌でした
私が向かいたかったのは「回復への道」の方でした
自分の中にある憎しみも、悔しさも、復讐心も、箱の中に閉じ込めて、ただひたすらリハビリの道を進みたかったのです
そうやって全身全霊をかけて、リハビリに向かい、余計なことは一切考えないように努めておりました
考える余地を作らないように がむしゃらに走っていたのは、実際に歩けなくなって歩けない自分の状況に焦っていたからです
自立歩行が叶わない分、心だけはフットワーク良く動いていたかったのです
入院中は自分の無くした力と 冴えている力のことをひしひしと感じていましたから、普段気付いていない方の力について考えるようになってきていました
もしも人間に備わっている力の量が決まっているのだとしたら、歩けることにだけ注ぎ込みたかった
他のことに意識を向けたくありませんでした
ですから「訴えるなんてことは考えられない」と思っていたのは当時としては当然のことだったと思っています
健康を取り戻した今は どうでしょう
ひとの心とは変わるものです
私を担当した医者個人の資質ではなく、病院全体の態勢に対する悪評を知って気持ちは乱れております
病気になっても「行ってはいけない病院が存在している」などということは とても許されることではありません
そんな病院が大手を振って経営を続けていたのです
そして現在も変わらなく続いている…………
東京都の中でも名の知れた大きな病院です
最近では存在が可能である矛盾点を深く考えるようになって来ました
その当時私が訴訟に持っていきたくなかったもうひとつの理由は、当時我家が経済的に逼迫していたことも大きく影響していました
純粋な気持ちで裁判沙汰にしたとしても、お金目当てだと思う人もいたでしょう
夫が他人からそんな目で見られるのは嫌でした
どんなにお金に困っていても そんなことをする人でないことを私は知っていました
だけど世間の人はそうは思わない
そんな世界に家族を巻き込んでしまうのは忍びなかったのです
歩けることだけを目指して静かに暮らしたいと思い、歩くことに対してだけ気を遣って 他のことに気を取られたくないと考えていました
でもどうかな
夫の会社が傾いたあとの借金返済にもメドがついて来ました
私も回復してきて仕事もしています
7年前と違い、望みのほとんどを手にした今、随分聞き捨てならないことを耳にしちゃったものです
「患者が決して行ってはいけない」
「医療に携わる人が間違えても働いてはいけない」
医療ミスに「時効」はあるのでしょうか
「医療過誤」と言う言葉に対して、何も処置をされなかった私のような置き去りにされた患者のケースは 果たして「医療なに?」になるのでしょう
搬送された救急患者を放ったらかしにして見殺し同然に扱った罪は いったい何という罪状になるのでしょう
今でも全く何の処置もしなかった医者の顔が浮かんで来ます
顔も浮かんで来ますが、長い時間向けられていた背中も目に焼き付いています
ひどい病院が野放しにされていて、いけしゃあしゃあと運営されていて
世間的にはまかり通っていたのですよ
もしもあなたのお住まいの近くに私が運ばれた病院があったらどうですか?
救急車で運ばれたというのに なんの治療もされなかったとしたら
もしそれで簡単に命を落としてしまったとしたら…………
そこは過去の新聞記事にも何度か載ったことのある婦人科がある病院でした
評判の悪さで有名な病院が 評判だけでなく「本当に存在していた」と言う恐ろしさを身を以て経験したのが私です
知っている人は絶対に行かないそうですが、知りませんでした
あんなにひどいところだと知る手立てが無かったからです
その頃の私と同じように実情を知らない人は大勢いるはずです
最近、特に思います
実名を伏せたままで記事にしている場合なのだろうかと
自分だけではなかった(亡くなった方が複数人おられる)と知って 何も知らなかった当時と同じリアクションでいて良いのだろうか
これでは酷い病院の片棒を担いでいるのと変わりがないのではないだろうか
そうは思っても 何の手掛かりも足掛かりもつかめないまま、日々の雑用に追われて流されて生きているのが現状です
いったい何処まで転がって
何処へ流されていくのだろう

