平成7年のJWA入門当時。私の体重は62kgでした。


自分の身長からすれば、BMIにて計算すると標準体重なのですが、プロレスラーとしては軽すぎです。


元々、体格は小さいので体重増加が第一目標でした。


入門時は合同練習の時に、ヒンズースクワット、プッシュアップといった標準的なトレーニングはかなりの数をやりました。


初めは「これだけスクワット、プッシュアップをこなせば、強くなれる!」と本気で思っていました。


いま思うと、それだけで強くなるわけないのにアホですね~(笑)


入団してから数年経ち、少し慣れたころにウエイトトレーニング雑誌などを購入し、専門的な知識を得て、効率的なトレーニングをするようになりました。


たとえば最近はこれを愛読(愛閲覧)しています。

http://www.xfit.jp/index.php?option=com_content&task=view&id=1331&Itemid=84


人それぞれ、体格の違いなどがあるので、一概に同じトレーニングはできないですが「こういう身体になりたい!」という目標がないと継続ができないですね。




現在、自分の試合に着用するコスチュームは黄色いロングタイツです。

これは、平成20年に以前から憧れていて、少しでも近づきたいと思い、今は亡き、元WWEのクリス・ベンワにあやかり変更したものです。

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到底、似ても似つかないですが、憧れるのは自由なので、変えました。


しかし、デビュー当時はシンプルな黒のショートタイツを着用していました。

デビュー戦が決まったときは、実はコスチュームをまだ、用意してなく、黒の短パン形の水着を代表に見せた所、「これじゃあ、プールに行かないといかんよ」と却下されましたが、コスチュームを持っていない事を話すと、代表が持っていた黒のショートタイツを借りてデビューに臨みました。

正直、昭和のプロレスが好きだったので、ストロングスタイルの象徴である黒のショートタイツを履けるのは、嬉しかったでしたね。

ただし、借りたのはいいものの、サイズが大きく、ややブカブカで、しかも中には白のサポーターを履いていたので、試合後にレフリーから「サポーターが見えてましたよ。黒のサポーターにしないと。」言われてしまいました。

その後、正式にコスチュームを作成依頼し、自分のサイズに合った黒のショートタイツを注文しました。

その時の黒のショートタイツは、以前、中村に余興に使うからと貸したままになって、今はどうなっているか分かりません。

現在は、別に購入した黒のショートタイツを持っていて、やはり気に入っている為、
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たまに、公式戦で着用して試合に臨みます。

やはり黒のショートタイツは永遠の憧れです。


自分がJWA東海プロレスに入門したのは平成7年8月でしたが、その後、平成8年8月にデビューした時に同時にデビューしたのが、中村と水野でした。


中村は平成7年9月に入門し、当時すでに在籍していた佐々木とはすでに知り合いで、入門についても色々相談のうえ、入門したとのことをかなり後で聞きました。


水野は平成7年11月に入団。入門にあたり親御さんと供に観戦に訪れ、全試合終了後、脇海道代表へ入門の挨拶をしたとのことでした。


二人とも当時は高校1年生。自分とは9歳も年齢が違いましたが、二人とも「岡田さん」と呼んでくれて、変に同期風を吹かすことなく、良好な関係を保っていました。

両名ともにキャラクターが違い、中村は運動神経が良く、運動能力も高くて、かなり期待されていたようでしたが、脇海道代表をよく茶化かしていて、脇海道代表はやりにくいとボヤいてました。

水野も体力的には充分でした。身体が大きかった事もあり、デビュー後、早いうちに上位陣に食い込む事になっていきました。

現在、両者とも引退し、中村は結婚し、一児の父となった事を聞きました。


水野は退団後、飲食店を経営をしていましたが、その後の詳細は分かりません。


ですが、二人ともプロレス時代同様、元気でやっていることでしょう。