エネルギー変わったせいか謎にアクセスあるのが面白いんですが・・・・
おひさしぶりの更新となります
ようこそお越しくださいました
本日のテーマは 見た目にうるさかった母親からひもとく「愛のカタチ」 です
幼少時、みなさんはどんな容姿でしたか?
それについて、あだ名をつけられたことはありますか?
今の自分の見た目を、どう思いますか?
見た目についての問題が根深い場合、考えたくもない質問かも知れませんね
わたしの場合は、小さい頃からぽっちゃりでした
骨格ストレートかつお胸が大きめでそう見えやすかったのもあると思う
痩せろ痩せろ、おまえはなんでかわいくしないのだの、
昔は親がほんとーにうるさかった
それで未だに私は、見た目がコンプレックス
実際太ってたし、気の強さも相まって、怪獣みたいな扱いだった
どこかで「母親の言うとおりだなあ」
「見た目がいい方が楽に生きられそうだなぁ」なんて感じていたけど
そんな自分を認めたくなかった
わたしを見下してきたあいつらの考え方を認めることになるから
「見た目がいい方が楽に生きられる」という母の教えは、
わたしにとっては
「子供への愛情は見た目によって左右される」
という風に聞こえていたのです
他人だったらまだしも、母親から見た目で判断されるなんて絶対にイヤだった
わたしは、
「見た目がひどくデブで、ブスでも、楽に生きられる」ことを証明して、母に一生懸命に反論したかったのです。
そのために、自分の見た目を否定する人たちを集めてきたのです。
親ならば、どんな見た目の我が子でも受け入れるもの。我が子の全てを肯定するもの。それが愛情なんだ。
と
信じ切っていたので。
自分の子供が生まれたときのことを想像しました。
暴飲暴食して、引きこもり、ニキビ面で、髪も治さず学校へと行く
そんな子だったら、わたしは黙っていられるでしょうか
何も言わないこと、受け入れることが愛情ではない
それが愛情だと思っていたのは、DVヒモ夫だった我が父を見ていたから
全てを母親や子供達に受け入れさせようとあがき、他者の意見を受け付けなかった
そんな父は、ずっと変われないまま、苦しいまま、自由になれないまま死んでいきました
大切な人には、口出ししたくなるもの
例えそれがお節介だと分かっていても
わたしが大切だから、
一時的に傷つけてしまうとしても
伝えたかったことが母にはあったのでしょう
父のことは諦めてしまったのでしょう
わたしは見捨てられていたわけでは無く
嫌われていたわけではなく
立派に愛情を受けて育ってきたのでした
大人になっていいことは
色んな愛のカタチを知れることだと思います
出会いの中で学びながら、過去を振り返り、
ああ、あれも愛情だったのだな、と気づくことで
意固地になった心が溶けていく
そうやって少しずつ自由になり、行動範囲が広くなり、知らなかったことを知り
人は成長してゆくのでしょう
これから容姿についての考え方もがんがん変わっていくし
それが実際に反映されていくでしょう
楽しみだなあ~~
皆さんもよいアップデートを・・・
それでは。
