あるサイトには、
強迫症は、患者さんにとって、常に観念や不安にとらわれ、行為も止めたいけど止められず、
非常に苦痛で障害的な病気です。 この様な状態を自覚すれば、できるだけ早く治療を受けることが重要です。
それは、病気が長引くほど不安に感じる対象が拡大し、観念も、その緩和に必要な行為も増していくからです。
さらに怖いと感じる対象を避けるようになり、ますます生活上の支障が高まって疲弊していきます。
そして多くの場合、生活全般に安全確保のためのルールを張り巡らせ、それに縛られた不自由な生活に陥ってしまいます。
とある。
わたしも例外なく、運転が恐ろしいのに加えて、常に不安に囚われていた。
駐車場に停まっている車に人がいたら、
この人は警察官かもしれない。
私服でわたしのことを見張って、
そのうち逮捕されるんだ。
頭の中では、そんなことあるわけないと分かっているのに恐ろしくなる。
見張られている、盗聴されている…
その恐怖は私を長く苦しめた。
彼はいつも優しく、
何も変わらなくていい。
そのままでいいんだよ。
必ず治るから諦めないで。
いつもそう言って応援してくれた。
病気になって、治療する過程は
「突然落とし穴に落ちた」ようだった。
突然深い穴に落ち、
もがいても上がることが出来ず、
もがくたびに深く沈んでいく。
強迫観念(轢いたかもしれない!見張られてるかもしれない!という恐怖)のあとは強迫行為が待っている。
人を轢いたかもという不安を払拭するために
現場に戻る。ドライブレコーダーを見る。
やはり轢いたのではと恐怖でいっぱいになる。
確認せずにはいられない。
上がって落ちて、
落ちて落ちて上がって、落ちて…
を何十回も繰り返して、そのうち悪いときより、
楽だと感じる時が増えてきた。
私、治りかけてる!
薬やめてもいいかも!
元気が出て、気持ちが前向きに。
気分が安定して来た時
先生に「薬を減らす事はできますか?」と意気揚々と聞いてみた。
返って来た返事は、
「まだ良くなったとは言えないから、
薬は減らせないなぁ…
今やめたら、元通りになってしまう。」
よくなってない?…
私よくなってないの?去年と同じなの?…
あんなに頑張ったのに?
頭真っ白。
家に帰って考えてみる。
「まだ良くなってない。」
1年間、もがいて、苦しんで、
あんなに頑張ったのに良くなってない。
薬はやめられない。
ボーッと考えていると一つの考えが浮かんだ。
あんなに頑張ったけど治ってない。
怖くて苦しくてたくさん泣いたのに?
焦っても治らないんだ。
じゃあ焦るのやめよう。
そう考えた瞬間、心が軽くなった。
焦っても騒いでも治らないんだから
早く早くって考えなくていいや。
そこから心に余裕が生まれて、
時間にこだわる事をやめ、
以前は、強迫行為をしてしまった!!…とひどく落ちこんでいたのに、先生と話した後から、
まぁいいや。ゆっくり治そうと思えるようなっていた。
そんな時、
落ち着いた私の心を乱す出来事が起きた。
私の心が闘志でみなぎる。
怒りと嫉妬と闘争心。
絶対治してやる。今に見てろ。
そう思わせたのは元カレだった。