地震後配管破断、大量漏水
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110316-OYT1T00550.htm
東日本巨大地震が発生した11日、東京電力福島第一原子力発電所で、稼働中だった1号機棟内にいた男性作業員の証言から、建物内が激しく損壊した様子が初めて明らかになった。
(略)
「立っていられないほどの強い揺れ。横向きに振り回されている感じだった」
地震発生の午後2時46分。
上階で作業用クレーンや照明などの機器がガチャンガチャンと激しくぶつかり合う音も聞こえた。
「これは普通じゃない揺れだと直感した」建物内の電気が消え、非常灯に切り替わった。
「その場を動かないように」という指示が聞こえたが、天井に敷設されていた金属製の配管の継ぎ目が激しい揺れでずれ、水が勢いよく流れてきた。
地震後 配管倒壊、建物の一部陥没、タンク損傷
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110316k0000m040160000c.html
東日本大震災が起きた時、 定期検査のため運転を停止中の4号機の地下で作業をしていた男性作業員が15日、激しい横揺れとともに 配管が外れて倒れるなど施設内で起きた被害の一部を証言した。毎日新聞の取材に答えた。
(略)
男性によると、最初の揺れはわずかだったが、約1分後に突然大きな横揺れを感じた。
「上から物がたくさん降ってきて、周囲の配管が倒れて10~20分ほど身動きが取れなかった」と
揺れのすさまじさを語った。倒れた配管がどのような機能を持つかは分からないという。
その後、サイレンが鳴り「地震なので早く避難してください」という施設内放送を聞いて地上に逃げた。
1時間半ほど待機し、放射性物質を浴びていないことを確認したうえで敷地の外に出た。
(略)
地震発生直後、津波に関する放送などはなく、浸水した形跡も見当たらなかったが、建物の一部が
陥没したり、タンクが損傷するなどの被害があったという。
NHK報道局科学文化部【原発作業員 地震の状況を語る】03月20日 16時03分
http://www.tweetdeck.com/twitter/nhk_kabun/~Ut8MB
今月11日の地震発生時に、福島第一原子力発電所4号機で作業にあたっていた男性がNHKのインタビューに答え、地震直後の混乱した状況を詳細に語りました。
この男性は、定期検査中だった福島第一原発4号機で作業にあたっていた最中に激しい揺れに襲われました。
男性は、「作業をしていたら突然ゴーっという音がして激しい振動を経験した」
「地震と同時に照明がなくなり、真っ暗の中で恐怖を感じた」
「プールの水が波打ってみんなかぶっていると思う。死ぬかと思って覚悟を決めた」
と地震発生当時の様子を語りました。
その上で、「地震でいろいろな機材が倒れているし、歩くのがやっとだった。暗くて段差もあるし、よく逃げられたなと思う」
「放射能を測定するゲートは通常は閉まっていてそこで放射能などを調べるが、全部オープンになっていた。そこで中で着た服だけ脱いで測定なしで外に出た」
と混乱を極めた避難の様子を振り返りました。
さらに男性は「一番最後に出る放射線検査する場所に行く途中はほこりか煙かがすごかった。」
「1号機からは白い煙が出ていて、おかしいな、白い煙が上がっているなと思った」と避難中に見たことのない光景を目撃したことを明らかにしました。
http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2011032400580
(2011/03/24-14:32 福島第1原発4号機の作業員の証言)
11日はタービン建屋の地下1階で作業をしていた。最初の揺れは大したことはなかったが、「ズドッ」という音が聞こえた次の瞬間、
大きな横揺れが襲った。 配管などに積もったほこりが一気に舞い、停電で真っ暗に。「すぐに避難できず、みんな焦るばかり
だった」という。非常灯もつかず、懐中電灯を頼りに1階の建屋入り口に向かった。
http://www.nytimes.com/2011/04/10/world/asia/10workers.html
福島第一原発。地面が揺れ始めた。イシザワ・マサユキは、ほとんど立っていられなかった。走って、作業員スタンバイ・ルームから、
三号炉外へ出る。ヘルメット片手に。…煙突とクレーンが揺れていた。まるで海藻みたいに。みんなパニックになって叫んでた。
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201103170563.html
この社員は地震発生時に原発の中にいた。激しい揺れに襲われた直後、高い津波に襲われ、施設内の燃料や機材が失われたという。
ポンプ設備や最後の頼みの綱である緊急炉心冷却システム(ECCS)を起動しなければと、社員の自家用車のバッテリーや屋台の小型発電機まで
かき集めた。それでもシステムは回復しなかった。「外からの電力が断たれたのが一番悔しい」とも言った。
現場では数百人の社員や作業員が交代で作業にあたった。だが、余震が襲うたび、せっかく修理したところが再び壊れていったという。
週刊文春(2011年3月31日号)
五号機のタービン棟二階にいた作業員Bさん(53)の証言
「すぐに揺れが止まるかなと思っていたんですが、天井からホコリがバラバラと落ちてきて、突然、
目の前が真っ暗になったんです。電気系統がシャットダウンしてしまった際の非常灯がほとんど
点かなかったのです」(略)たまたま手元にあった懐中電灯を手に、仲間たちと屋外へ脱出した。
「新潟など全国から下請け業者が招集されていて、六千~七千人はいたと思う。
(略)敷地内の道路は地割れが起こり、グラウンドは液状化していました」(Bさん)
(2011/03/24-14:32 福島第1原発4号機の作業員の証言)
11日はタービン建屋の地下1階で作業をしていた。最初の揺れは大したことはなかったが、「ズドッ」という音が聞こえた次の瞬間、
大きな横揺れが襲った。 配管などに積もったほこりが一気に舞い、停電で真っ暗に。「すぐに避難できず、みんな焦るばかり
だった」という。非常灯もつかず、懐中電灯を頼りに1階の建屋入り口に向かった。
http://www.nytimes.com/2011/04/10/world/asia/10workers.html
福島第一原発。地面が揺れ始めた。イシザワ・マサユキは、ほとんど立っていられなかった。走って、作業員スタンバイ・ルームから、
三号炉外へ出る。ヘルメット片手に。…煙突とクレーンが揺れていた。まるで海藻みたいに。みんなパニックになって叫んでた。
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201103170563.html
この社員は地震発生時に原発の中にいた。激しい揺れに襲われた直後、高い津波に襲われ、施設内の燃料や機材が失われたという。
ポンプ設備や最後の頼みの綱である緊急炉心冷却システム(ECCS)を起動しなければと、社員の自家用車のバッテリーや屋台の小型発電機まで
かき集めた。それでもシステムは回復しなかった。「外からの電力が断たれたのが一番悔しい」とも言った。
現場では数百人の社員や作業員が交代で作業にあたった。だが、余震が襲うたび、せっかく修理したところが再び壊れていったという。
週刊文春(2011年3月31日号)
五号機のタービン棟二階にいた作業員Bさん(53)の証言
「すぐに揺れが止まるかなと思っていたんですが、天井からホコリがバラバラと落ちてきて、突然、
目の前が真っ暗になったんです。電気系統がシャットダウンしてしまった際の非常灯がほとんど
点かなかったのです」(略)たまたま手元にあった懐中電灯を手に、仲間たちと屋外へ脱出した。
「新潟など全国から下請け業者が招集されていて、六千~七千人はいたと思う。
(略)敷地内の道路は地割れが起こり、グラウンドは液状化していました」(Bさん)
福島3号機爆発のきのこ雲のようなものについて
Christopher Busby教授のリポートの中で3号機のきのこ雲のようなけむりが1号機の水蒸気爆発とはことなり、核兵器の爆発のような典型的な形をしているといっている。
日本語字幕付き
Christopher Busby教授のリポートの中で3号機のきのこ雲のようなけむりが1号機の水蒸気爆発とはことなり、核兵器の爆発のような典型的な形をしているといっている。
日本語字幕付き
DarkCircle 1/9
サンダンス映画祭・国際エミー賞受賞作。
1980年代、世界的規模で保有されるプルトニウムの驚異を、女性作家のアーヴィングが綿密な取材と多くの資料をもとに作り上げたドキュメンタリー。タイトルは核廃棄物の処置を危険視した"暗黒の循環"という意味。主にアメリカの放射能汚染に関係した民間人や反核団体のグループが出演している。
サンダンス映画祭・国際エミー賞受賞作。
1980年代、世界的規模で保有されるプルトニウムの驚異を、女性作家のアーヴィングが綿密な取材と多くの資料をもとに作り上げたドキュメンタリー。タイトルは核廃棄物の処置を危険視した"暗黒の循環"という意味。主にアメリカの放射能汚染に関係した民間人や反核団体のグループが出演している。

