相変わらずPer Diem という契約で大学病院で働いている私。ちょっと前にシフトのキャンセルが相次いで、みんながパニックになっている中、違う病院でPer Diem で働き始めるというラッキーこの上ない乗り越え方をし、また大学病院が人手不足になってきたので戻っています。本当にここ二年は病院のスタッフィングがハチャメチャです。というのも、トラベラーの増加でレートをキープしない病院は更新しないナースが多く、二カ月いてまたいなくなりの繰り返し。特にこの大学病院は忙しさが半端ないため、エージェンシーのナースか新卒しか寄り付きません。アメリカの医療現場って、本当に日本とは大違い。ここのナースはもはやお金を積まれないと働きたがらなくなってしまいました。

 

さて、ここで3年ぶりに日本に帰ることが決定!しかもPer Diem で働いてるので、いない間はシフトを取らなければ良いだけなので、許可なく長い休みが取れる!なんて最高なんだ。。。確かに有給はないけれど、好きな時に休めて土日のシフトを取る制約もない。子供がいる私には最高すぎる就業体形。

コロナのせいで、2019年から帰ってないので、本当に楽しみ。

たっぷり2カ月帰国。楽しみです。

 

帰ってきたら、また違う仕事でも探すか。。。ついにNPスクールに行くか。。。どうする私?!

最近、日本に2019年の夏ぶりに帰ることが決まって、とにかく嬉しくて仕方ありません。

なので、仕事も頑張って3シフトは出るようにしています。

というのも、ここ最近は全然ヤル気がでず。

何故かというと、この三年で目標にしていたことは一旦達成。まだ新しい明確な目標は立っていません泣

 

この三年で目標にしていたこと

1、仕事を色々経験する

ここ一年、契約の仕事で、本当に良い経験ができました。このICUフロートというポジション、最初は本当に怖くて自信がなかったけど、一年やって本当にこの経験値はお金にも勝ると思っています。この大学病院では7ICUあり、一年間で全部を周らしてもらって、今でも毎回学びの場。これは本当に最高の経験!

2.、CCRNを取る

やはりICUで働きだしたからには、一応レザメにかけるような証明が欲しいなと思っていました。今年、無事に取得!

3、住宅ローンの完済

これは一番大きな目標でした。豪邸ではないけれど、新築で買ったこの家をローンの期日(あと20年弱残ってた)を待たずに完済するべく、コツコツ貯めて来ました。それで貯金が目標額に達した時には、達成感が半端なく。三十代でとりあえず、自分の家も持つことができました。

4、BSNを取る

これもアメリカに来てから、ずーっと目標にしてきたこと。去年の五月に無事に自分の住んでいるところの大学のRN TO BSNコースを卒業。

これは2セメスターだけだったけれど、第二か国語で大学の学位を取れたことが本当に嬉しかった!

 

これから、次の学校を目標にするのか、違う分野のナーシングを目標にするのか、まだ決めきれない。。。

でもとりあえず、決めたことは達成するというのは自分のモットーに、これからどうするかなー。。

とりあえず、今は趣味に没頭しながら、ボケーっとしたいなと思ったり。

最近ロシアとウクライナの情勢がニュースにならない日はないです。

さて、日本で生まれ育った私。昔は日本は真面目腐った国だなーとか、子供の小さな頭で文句を言っていたけれど、アメリカに来ると日本の良さもよく分かる。

そしてアメリカに来て働いてみると、さすが移民の国アメリカ!同僚も色々な国の人がいる。一番仲良しのナースはロシア人。とても仲良いけれど、どうしてアメリカに来たのかはハッキリ語りたがらない。というのも、私は日本でnurseになって、普通に働いてお金もらって、夫と結婚して、たまたまアメリカに来ました。でも他の国の人たちは必ずしもそうではない。日本人は、より良い暮らしを求めてアメリカに来る必要はないということ。日本も貧困はあるけれど、まさか内戦があったり、反政府派に家族を殺される心配も、子供たちが学校に行けない心配もない。

日本にいると、日本の嫌な事があったり、漠然とアメリカに行って広い世界で学びたいって言ったりするのは、割とあることだけど、他の国の人と接するとどれだけ自分たちが”普通”の国で生まれ育ったか分かる。こないだは、病棟で私の患者のシッターさんがイランの出身で、アメリカに来た経緯を教えてくれたけど、12歳の時にフセインたちに家族を殺されて孤児になって、カナダに難民としてやってきたという話。

よく日本人の友達と、自分の夫が死んだらとか離婚したら日本に帰るか帰らないかという話題になる。私の周りは半々という感じだけれど、国によってはチョイスがない。そういうのを考えると、日本で生まれ育ったことはとても幸運だったなと思います。普通に選挙があって、普通に海外に出る選択肢があること。そのロシア人の友人は、ロシア人の娘をアメリカに連れてくることをロシア側が拒んで(人口流出が激しいため)ビザを出してくれなかったという話。幸い家族に裁判官がいたため、なんとかビザを取って娘をアメリカに連れてこれたという話。

アメリカに来ると、アメリカだけじゃなくて、違う国の人とも交流の場があって、色々な文化に触れる機会があるという独り言。