「花になれ」の初披露は、2012年9月のFaOI福井公演での事。


FaoI幕張パンフレットより





当時はニースロミオの衝撃波を受け「羽生結弦」というピンが胸に刺さってはいたものの、公演前に初めてこの衣装を目にした時は「あれ?これ今年のフリー衣装?和プロ?」とゆる~く見守るだけのライトファンでした。





けれどその後、あれよあれよと彼の魅力に沈み込み、その年のGPSスケートアメリカで完オチ。



当時盲目的ともいえる熱烈ファンとして歓喜の優勝を迎えた仙台NHK杯で、初めてTV前アリ一ナで花になれを見た時の心の震えは、ポエム無しに語る事はできません。






「静に何かを共有するような、まるで波紋が広がっていくような、そんな演技でしたね」


解説の八木沼純子さんの言葉に深く頷きながら、心に染み込む演技はどんな垣根も越えて人の心に届くのだなと満員のスタオベの会場に感激し、どうかこの素晴らしいプログラムが何度も披露されて多くの方に見て貰えますようにと、今シーズンの彼の活躍を願いました。








けれど、その年の12月。





初の全日本王者となった彼が再演した「花になれ」は、それとは全く別の感情を伴って私の心に重く響きます。







本来であれば、指田さんの生歌コラボという最高の舞台を夢見心地でうっとりと見つめているはずだったのに。








私は、微動だにせず彼を見つめる観客達に目が吸い寄せられてしまった。






何故この人達はこんなにも無表情でいられるのだろう?


何故その手は演技後すらピクリとも動かないのだろう?







怒りよりも、鉛のような息苦しさがまとわりついて冷静ではいられなくて。


優勝者アンコールにパリ散ではなく闘うロミオを選択し、何もかもなぎ倒し振り払うかのように滑る彼の姿を、ただ祈るような気持ちで見つめていました。



これからは勝ち方まで気にしなくてはいけなくなるのだろうか?こんな思いをするくらいならば勝たない方が良かった。







そんな邪な考えが渦巻くほどに。












でもね。

年が明けての名古屋フェス。




そこには、まるで何かを悟ったかのような穏やかな微笑みが咲いていました。









観客席からの暖かな拍手と、地鳴りのような大歓声を浴びながら、まるでそれを慈しむかのように静に微笑む彼。









今思えば、この時にはもうブライアンから大切な言葉をもらっていたんだよね。



「お帰りなさい」そう声をかけたくなる、素敵な滑りでした。








そしてその年の年末。


堂々たる成績で二連覇とオリンピック代表を決めた全日本で、彼がエキシビションに選んだプログラムはやはり「花になれ」でした。








リベンジ。








私にはそう見えた。








美しい花ではあったけれど、その姿は儚げだったこれまでとは違い、咲き誇る事をためらわない堂々たる全日本チャンピオンの滑り。


一年前の何もかもなぎ倒すかのような苦しさとは別人のように、茶目っ気たっぷりにアンコールのパリ散でヘランジを決め、満面の笑みで観客との一体感を楽しむ姿に涙が溢れて仕方がなかった。



優勝の涙は出なかったのにエキシで泣かされるなんて、羽生結弦最高!!と歓喜の白旗を掲げ、彼のオリンピック金メダルを願いました。








その後もアイスショーや24時間TVと様々な場面で「花になれ」は披露され続けます。



最初の頃の儚さは公演を重ねるごとに薄れいったものの、心身が大人へと成長する彼の姿がシンクロするかのように、歌詞に寄り添った柔らかな滑りから「想いを伝える」という意志を持った力強い滑りへと羽化しながら。






ケンジの部屋出演時「花になれ」について自身の想いを彼はこう語っていました。


今もずっとやろうと思えるのは、僕自身その歌に救われたっていうのもあるし、歌詞の意味を考えた時に僕の辛い経験とかをリンクさせることもできますけど、僕がその辛いことから乗り越えたみたいな表現をする事によってその歌詞を皆さんが自分自身と照らし合わせたりだとか、または他の方を思ってそれをリンクさせたりだとか、そういう事をしていただけるプログラムだと思うので、非常にまだ大切に滑らせて頂いています。






そして先日「まだ大切に滑らせて頂いています」という言葉そのままに、オリンピック連覇を狙うシーズンスタート初演目として、再び「花になれ」は披露されました。








続きます。




おじゃん。



久々のポエムに被弾した方ゴメンなさい。(^-^;)
昔話にお付き合いありがとうございました❤
続きは通常運転に戻しますっ