結婚しても子供ができても自分らしく働きたい!

整理が苦手な婚活女子の今から一生使える「希望の整理術」

ホープライフオーガナイザーの猪俣有希(いのまた ゆうき)です。

ライフオーガナイズとは

「空間や暮らし人生を俯瞰し、仕組み化する技術のこと」

ライフオーガナイズの手法を用いて

一緒に希望がある人生をつくっていきましょう☆

 

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マイストーリーレシピは私がライフオーガナイザーになるまでの

パーソナルストーリーを書いています。

これまでのマイストーリーレシピはこちら→

 

 

▶︎マイストーリーレシピ 2 突然失われた日常

 

忘れもしない

小学校三年生の6月

初夏の日差しが降り注ぐ

蒸し暑い日でした。

 

その頃母のお腹の中には

赤ちゃんがいて

その日は定期検診の日でした。

 

私がいつも通り学校が終わり

家に帰るとそこには

いつもと違う母の姿がありました。

 

悲しそうな辛そうな

怒っている時とは違う顔でした。

弟も心なしか静かでした。

 

 

「赤ちゃんが死んだ」

 

母が言ったのはその一言でした。

 

お腹の子は先天的に障害がある

死産でした。

 

でもその時の私は現実的でした。

心配する言葉もかけずに

「じゃぁ入院している間はおばあちゃんの家に行けるんだね!」

 

と言ってしまったのです。

 

この後すごい怒られました。

それもそのはずです。

そんな状況でこの後のことなんて考えられないでしょう。

 

でもこんな言葉が出てしまったのには

理由があります。

 

私は心のどこかで

もう一人弟か妹ができるのが

嫌だなと思っていました。

 

今でもいっぱいいっぱいなのに

なんでもう一人?

普段から我慢していることも多いのに・・・

 

私の発言で母にその思いが

伝わってしまった気がしました。

 

そして取り返しのつかないことをした

そう思いました。

 

 

それから

母が入院して火葬するまでは

あっという間でした。

 

その後母は鬱になりました。

布団にいる時間が多くなり
だんだん家事もしなくなりました。

 

私はそれを自分のせいだと思いました。

あの時ひどいことを言ったから…

 

だからできることは何でもやろうと心に誓いました。

 

この時弟がまだ幼稚園に

通っていたので

小学校を早退して

弟のお迎えに行き

買い物に行ってご飯を作る

 

お風呂を入れて

弟と妹の明日の準備をして

布団を引いて寝かせる

 

半年くらいそんな生活が続きました。

 

母はよく夜にお酒を飲んで泣いていました。

そんな時に私がしてあげられることは

何もありませんでした。

 

父は早く帰ってくるわけでもなく

仕事をわざと忙しくしているようにも

見えました。

 

 

母はこの後回復しましたが

この時の経験は私の中で深く残るものになりました。

 

「何でもない日が幸せなんだ」

という価値観になり

 

「失敗したくない」

「人を頼れない」

「自分を責める」

 

という自分で自分を苦しめてきた考え方のベースがここで出来上がりました。

 

マイストーリーレシピ③に続く

 

これまでのマイストーリーレシピはこちら→

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本日もお越し頂きありがとうございます。

今をよりよく生きる「希望」を見つけて

自分らしく「希望」を実現する人が増えていきますように☆

 

猪俣有希(いのまた ゆうき)

 
 
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