今月15日は終戦記念日でした。終戦の時寅は6歳で、3月10日東京は浅草で10万人の人が亡くなられた東京大空襲の日、寅は今戸3丁目隅田川の縁で命拾いをしました。

その後24年が経過 今度はベトナムの戦場で、再び命拾い。その経験を生き証人としてしばらく証言させていただきますので よろしくお願いいたします。

 

8月19日

おはようございます。

ここ2日ほど前から 突然気温が真夏から涼しい秋に移りましたね、 昨夜も窓を開けて寝たのが原因か? 夜中に突然足がつり痛みで目が覚めました。

皆様も風邪をひかないよう注意してください。

 

寅は母の実家神奈川県は逗子で生まれ、実家にとって初孫だったことと 当時の東京は戦争で住むには危険だということで そのまま逗子の実家に預けられ いわゆる疎開ですね、そこで育てられていました。

 

父親が東京ガスに勤めていたために たまには父親に会わせようと母が東京から1歳の弟を背負い3歳の妹の手を引き 寅を迎えに来てくれました。

3月9日父に会うために 祖母が妹を背負い5人で浅草へと向かいました。 その夜父親は夜勤で家にはいませんでした。 当時は携帯電話みたいな便利なものはなく お互い連絡もなかなか取れない時代です。

 

東京に戻った朝早く4時ごろでしょうか 外が騒がしくなりました。

その時代は家の光が外に漏れないように 黒い厚手のカーテンをどこの家でも窓にはかけていました 明かりを狙っての 敵の空爆を恐れてのことでした。

当時5歳の寅がカーテンを引くと 外は真っ赤 多くの住民は隅田川目指し逃げているではないか!