私は、能書きが多い子どもでした、そろばんは何で必要か、暗算は何で必要か、習字は何で必要か、正座をするのはなぜか、英語はどうして必要なのか、試験勉強は何で必要なのか。拒否している訳ではないです。
実際に将来の目標や目指す道は、多数ありその為に勉強をして進学すること、そこにどんな意味があるのだろうと疑問を抱きながら社会人になり今に至ります。
私の場合は、社会人になる為に必要であったのは、まず道徳観念であり、人とのコミニュケーション能力でありました。
あたりまえに数学や言葉と文章の読解力は最低限必要でしたが、他は後からでも学習する機会はありました。
どういういきさつで今の学校教育と受験の制度があるのでしょう、ほんとに必要ですか?
けして従わない反抗しているのではないのですが。
スポーツのルールは、それを守ることで勝ち負けの公平性が保たれる訳で必要なことだと思います。
建築工事は、どうしてこんなに高価なんだろう?
分離発注すれば安くもなるのだが、ツテもなければ知識も無い。
一括で頼んだほうが面倒なことは無く手っ取りはやい。
気軽に分離発注できたならどれだけ安価に済むでしょうか?
この部分については、実現は可能なことです。
確認申請の制度はどうしてあるんだろう。
地域により、又少しの差でも違いがあるのはなぜだろう誰が決めているのだろう
そこには、多少の不公平はありました、のですが法律としてあるものなので
設計事務所の先生方は、どうしてこんなに高飛車なのだろう?
大概は現場のことはわからなくても設計ができるし、法規に従えば確認は通る
お役所はそれを、審査して確認する。それでいいのかなぜなのか?
本当に必要なのだろうか、実際業務として設計をし役所に提出をしてみれば
なぞは深まるばかり、そして関連する事務所の先生は皆印象がよくないのです。
外面はとにかくいいわけです。
そんな事を自分は改めて仕事に反映しております。
特定の方の批判ではありません、全般的な既成の実態に疑問を感じそのままにしたくない、不必要なことをしたくない、生意気な話ですね。
とにかく効率の良い、合理的な、平等なものに近付けたいそんな思いがしています。
仕事はかなり誠実に、徹夜で働くこともどれだけあったことでしょうか。
設計業務に関しては、書類も増えて作業も多くなりましたので、きっと安価にはならないでしょう
それでも、昔の手書き青焼き時代に比べれば格段に進化してよくなっているのですが。
施工費は、安価になる要素がたくさんあります。
民間の工事は、施主が選択できます、業者の選択も大事なポイントです。
そして、はっきり主張できる関係は大前提、値切る基準も必要なのです。
そこは、便利なネット社会です、うまく利用するべきです。
私は、いずれそういうオブザイバー業務ができると考えます。
問題は、役所の工事なのです、高価な基準は変わりなく、大手と地元の中堅とで
分け合って受注するそんな形はいつから誰が決めたのでしょうか?
末端の我々が見ると、驚く金額なのはどうしてでしょう?
そして、誰も改善しない、させない、税金なのです。こまったものです。
時間のたつのは早いものです、もう少しの仕事人生なのでしょう。
疑問はあっても何も出来ませんでした。
力なく、長いものに巻かれている日々です。








