ぷにーの嫁日記 -10ページ目

まだまだ勉強 〜ことばと学びをひらく会〜

久しぶりに会に参加

16回目で一区切りらしい




左はあまんきみこ先生 

「ちいちゃんのかげおくり」の朗読聞いて泣きそうになった

写真を撮った後、頭を下げたら、にっこり返してくださった

優しい先生


工藤直子先生の「のはらうた」大好き

教えていても楽しい

相変わらずパワフルですごい


角野栄子先生、「魔女の宅急便」ちゃんと読もう!いろんなエピソードが聞けた

娘さんの絵がヒントだとは



終わってから夫と合流


なぜか沖縄料理


びっくりするくらい人がいた

東京ってすごーい


お泊まりは「バイキング」発祥の某ホテル

コンシェルジュがいらっしゃって

ベッドメイキングがいらっしゃって

さすが超一流

たまたま朝食バイキングがあってラッキー



夫リクエストの迎賓館にいって

慌ただしい1泊2日




帰りの新幹線が静岡で停車するハプニング




2週間後は広島です!


ぷーちゃん、お留守番ご苦労様




10年後のわたしから手紙が届きました

 2032年のわたしから 




2022年のわたしへ久しぶり!元気にしてますか?辛いことや嫌なことっていつまで続くのか、今はわからないだろうけれど、ゴールは必ずあるからね。10年後のわたしより


 

 

 前向きやーん

 

 

 

はじめまして さようなら

警察に行き、状況を聞く




ヘルパーが見つけてくれた



85歳、一人暮らしの部屋




思ったより整理されているのは、ヘルパーさんのおかげかな



心臓が悪く、入院、手術していた

糖尿病も悪化して、視力が悪く、障害者手帳も持っていた

市営住宅で一人暮らし

上の部屋の人とは繋がりがあったようだけど



葬儀はしない

戒名もない

何にもないのは…と思い、葬儀屋のすすめのまま、7500円の花束は棺に載せた(ホテル近くに花屋があったから、自分で買えばよかった)

警察で納体袋に入れられているから、最期顔をみることもなくお別れした

火葬したあと、遺骨は受け取り拒否

長らく住んだ九州の地に眠ればいい



お母さんや姪っ子と一緒になんかしない

お母さん、怒るだろうから



免許証や障害者手帳に貼られた写真で、初めて顔を知る




私も弟も似てないな




お薬手帳やいろんな書類に混じって

平成8年の自宅周辺の住宅地図

自宅にはピンクの蛍光ペンで印があった

同じものが3枚もあった

京都のポケット地図

これだけ違和感があった



どうやって手に入れたのか

何を思っていたのか

悔やんでたのか

寂しかったのか

平気だったのか

もう忘れていたのか

ただそこにあったのか

もう知るすべもない



細かく書かれた出納帳

テレビの情報を書き写したようなノート



「そんなに長生きしないから、うまいもの食べる」と、鰻や肉、カレーなど、たまには贅沢しつつ、暮らしていたらしい

財布には10枚ずつ整理された一万円札が44枚と2000円

几帳面だったのかな

ヘルパーさんには「昔結婚していた。10年くらい前に妻は亡くなった」くらいしか、話していないとのこと




思い出になるようなものはないが、

ヘルパーの介護記録は持って帰ってきた

弟はなぜかペーパーナイフを持って帰った

あと馬券?😅



初めて弟とサシ飲みした




1日目



2日目





こんなこともうないだろうな







私が生まれた頃に失踪

弟はまだ母のお腹の中

母や祖父母、周りの人達のおかげで大きくなった



「生きている間に連絡あったら、どうしてたやろ」と弟



どうしていただろう

話は聞いただろうか

いや、そんなこと今さら知っても、本当かどうかわからないし

言われても困ったか






約50年かかりましたが、

はじめまして、お父さん

さようなら、お父さん




一度も面と向かっていうことのなかった「お父さん」











昨日は綺麗な満月でした