2020年6月までは、何らの自覚症状も

ありませんでした。

(がんはひそかに進行していたのでしょうが)

その後 早足で歩くと 息切れがするように

なり、さらに坂道や階段を上がる時に

一層ひどくなり、小高い丘の上にある

「同和園」に辿りつくまで2-3回、

数分間の休憩をとらなければならない

状態になりました。

そして体重も12-13kg減りました。

流石にこれはと思い、「同和園」に月に2回

放射線技師が来園しますので、8月22日に

胸部のレントゲン写真を撮って

もらったところ、右の肺がんが

判明したわけです。

 

これまで『どうせ死ぬなら「がん」がいい』と

いったり、書いたりしてきましたし、「がん」に

対して何の手出しもしていませんので持論の

如く「痛み」はありません。

恐らく、このまま最後まで「痛み」は出ない

だろうと思ってます。

しかし、ものには例外ということも

ありますので、ひょっとすると「痛み」が

出るかもしれません。

その時には「前世で余程悪いことを

した報い」と諦め、麻薬を使う事も

吝かではありません。

ただ「痛み」はありませんが、呼吸困難には

閉口しています。

 時折「死ぬのが怖くありませんか」と

尋ねられることがあります。

怖くないといえば嘘になります。しかし医療と

あまりかわかりを持たず、自然な死にゆく姿

周囲に見せて逝くという最後の務めが

残されているということを考えれば

怖がってばかりもいられません。

事実、それほどオタついていないのも

本当です。

その理由は3つあります。(その2へつづく)