小説「海と陸の彼方へ」

第九章国内の敵、国外の敵

第15話国内４つ巴の争い「福州攻撃」

前書き

本エピソードでは、国内の権力闘争と国外の脅威が交錯する1936年の中国を舞台に、主人公ルイスの戦略的な行動が描かれます。蒋介石の部下による福州への偽情報流布から始まり、戦略的な勝利による政治的地位の確固たるものへの転換までを、緻密に織り交ぜながら展開します。この物語は、国内外の敵との闘い、そしてルイスの野心と理想、愛と裏切りが複雑に絡み合う、壮大な歴史の一幕を描き出します。

本文

＊＊＊＊＊＊

登場人物「1936年1月1日時点」

＊＊＊＊＊＊

ルイス、かつては蒋介石の信任厚く巴蜀・雲南の軍政長官として任命された男。しかし、運命のいたずらか、蒋介石の側近たちの妬みにより暗殺の標的となり、彼は深い裏切りを感じざるを得なかった。それは彼の心に消えない疵となり、蒋介石への忠誠心を憎悪へと変えた。彼は秘かに力を蓄え、蒋介石の政権を地方政権へと追いやり、自らは単なる巴蜀・雲南の軍政長官から中国の運命を操る覇王へと変貌を遂げた。彼は反西欧、反日、反共を掲げ、民族自決のための戦いを始めた。

＊＊＊＊＊＊

側室、側女、愛人は多数居る。いちいち書かない。
＊＊＊＊＊＊

部下孫偉強スン・ウェイチャン（18歳）。ルイス商船隊隊長。李春花リー・チュンファの息子。

＊＊＊＊＊＊

ルイスの資金

蓮華金融設立「資本金100億両」。小遣い61億1,104万5,000両。朱堤銀銀錠200億両「内訳は一般会計20億両、特別会計80億両」。今までに一般会計は20億両の予算のうち506万5千両支出した。特別会計は80億両の予算を組み、今までに16億557万3,300両支出した。

＊＊＊＊＊＊

紅軍の長征

中国地図出典　建築資料研究社「住まいの民族建築学」浅川滋男著 P8

中国侵略

東京書籍「世界史B」P329

辛亥革命以降

東京書籍「世界史B」P332

国民党の北伐と共産党の長征

東京書籍「世界史B」P364

7月25日土曜日、夜の帳が静かに福州を覆ったある晩、蒋介石の部下は密かに計画を進めていた。彼らは、福建省政府軍内部に潜入していたスパイを通じて、一つの偽情報を巧みに流すことに成功した。その内容は、敵対勢力が密かに沿岸部に重要な軍事物資を上陸させるというものだった。この情報は、政府軍の情報網を巧妙に利用し、あたかも真実であるかのように装飾された。

「重要な軍事物資が今夜、沿岸部に上陸する」という噂は、火の如く政府軍内部に広がった。蒋介石の部下たちは、この噂がどれほど迅速に広まるかを見計らいながら、影からその様子を伺っていた。政府軍の指揮官たちは、この情報を真に受け、沿岸部への迅速な対応を決定する。彼らは、軍事物資を確保し、敵の意図を打ち砕くことができると信じ込んでいた。

しかし、この一連の動きはすべて蒋介石の部下による策略の上で動いていたのである。偽情報は、福建省政府軍を沿岸部へと誘導するための罠だった。この計画の巧妙さは、政府軍が自らの意志で罠にはまり込むことを可能にした。夜が深まるにつれ、政府軍は沿岸部へと向かう。彼らは重要な軍事物資を手に入れるという期待で胸を膨らませていたが、実際には遥かに大きな危機が彼らを待ち受けていたのである。

福建省政府軍の5,000名は、蒋介石の部下によって巧妙に騙され、この沿岸部に連れ出されていた。彼らは、重要な軍事物資を手に入れるべく、海岸に向かった。一方、待ち受けていた蒋介石軍は、数においてはるかに劣る500名のみ。しかし、彼らは策に満ちた勇気を持っていた。

戦闘の初期、蒋介石軍は敵の虚を突き、予想外の攻撃で福建省政府軍を圧倒する。しかし、数の差は否めず、戦況は徐々に蒋介石軍に不利に傾き始めた。福建省政府軍の圧倒的な人数が、徐々に蒋介石軍を追い詰めていったのである。

あわや全滅かと思われたその時、海の方向から予期せぬ救援が現れる。10機の「改良RC-2」が、月の光を背にして低空飛行で接近し、福建省政府軍を機銃で一斉射撃した。この突然の攻撃により、政府軍は大混乱に陥る。さらに、蒋介石軍はこの機を逃さず、催涙弾を政府軍の本部に打ち込んだ。一瞬にして本部は混乱に包まれ、指揮系統は崩壊した。

この混乱を最大限に利用し、蒋介石軍は勇敢にも政府軍の本部に突入する。混乱する敵を押し退け、ついには政府軍の大将を捕えることに成功した。そして、その場で彼を処刑し、一連の戦いに終止符を打った。

この戦いは、数の差を覆す戦略と、予期せぬ空からの支援によって、歴史にその名を刻むこととなった。蒋介石軍の英雄的な反撃と、改良RC-2飛行機部隊の決定的な役割は、福州近郊の沿岸部での勝利として、長く語り継がれることとなる。

☆7月26日日曜日午前3時。福州・福建省国民党政府行政庁舎
ルイスと蒋介石ジャン・ジエシーは今後のことを話し合った。

蒋介石ジャン・ジエシー：お前の傘下に入ることに異存は無いが、一つお願いを聞いてくれ。

ルイス：何だ。共産党員を皆殺しにするというのは駄目だぞ。殺さずにこちら側の味方をさせるんだ。諸外国の侵略阻止で一致すれば良い。お前みたいに反日、反共だけでは駄目だ。

蒋介石ジャン・ジエシー：そうか。反共は気に入らないのか？

ルイス：諸外国の中でも一番の敵はイギリス、次は日本だ。この戦で俺と共闘しよう。福建省はお前に譲る。厦門アモイも渡そう。

蒋介石ジャン・ジエシー：了解した。厦門アモイと福州は守りに徹する。

蒋介石ジャン・ジエシーとの会談を終えたルイスは漢口の仮母屋へ戻ることにした。エリザベスやソフィアの家族も一緒である。

☆7月26日日曜日午前9時。漢口の仮母屋
ルイスはエリザベスとソフィアを連れて漢口の市場に食材の仕入れがてら、漢正街をぶらつくことにしました。まだイギリス商館区へ行った亭主たちからは何の連絡もありませんが、エリザベスとソフィアたちは何の不満もありませんでした。ルイスがふたりを丁重に扱い、お金もふんだんにくれるということもあったでしょうが、置かれた境遇に少しずつ慣れてきたのかも知れません。

ルイスとともに此処で暮らしたり、厦門アモイや福州などに滞在している間、何となくルイスと親しくなり、一日おきにルイスと同衾していたこともあるのかも知れません。ふたりとも今ではルイスとの生活を楽しもうという気にさえなっていました。

さて、今3人がぶらついている漢正街は、中国の武漢市にある有名な商業地区です。この地域は、長江と漢水という二つの大きな川が交わる場所に位置しており、そのため、とても良い場所にあります。漢正街は、「白雲黄鶴の故郷」と呼ばれることもあり、華中地域の中心にある市場のような場所です。

この市場は、たくさんの道や小路からなっていて、全部で78あります。面積は2.56平方キロメートルで、6つの地区にわかれています。市場では、服や靴、家電製品、陶器、布、日用品など、様々な商品が売られています。

また、イギリスの怡和洋行という会社の支店も漢口にあります。怡和洋行は、19世紀から20世紀にかけて、中国内陸部への商品の輸出入を行っていた会社です。漢口は長江沿いの重要な貿易港で、怡和洋行はここを通じて、中国の商品を欧米に輸出し、逆に工業製品や繊維、アヘンなどを中国に輸入していました。

つまり、漢正街は昔からとてもにぎやかな商業地域で、世界中からさまざまな商品が集まる場所でした。この地域の地理的な位置が、貿易にとても適していたからです。

☆孫偉強スン・ウェイチャンとの出会い
三人が怡和洋行の支店前を通りかかったとき、イギリス商館に潜入している孫偉強スン・ウェイチャンが出てきました。ルイスが彼に声を掛けました。

ルイス：おい。孫偉強スン・ウェイチャンじゃないか？どうして此処からお前が出てくるんだ。商館の受付業務をやっているんじゃなかったのか？

孫偉強スン・ウェイチャン：ああ。ルイスさんか。久しぶりですね。受付業務っていうのは雑用ばっかりなんですよ。今日は両替に来ました。

ルイス：そうなの？怡和洋行って貿易商社だと思っていたよ。両替までやっているのか？

孫偉強スン・ウェイチャン：貿易だけじゃないんです。不動産、銀行業務、保険など多岐にわたっています。でもアヘン取引がメインですけど。

孫偉強スン・ウェイチャン：そうだ。ルイスさん。進展がありました。

ルイス：どんな進展だ？

孫偉強スン・ウェイチャン：商館の責任者が密談をしているのを偶然耳にしたんです。彼らは新しいアヘンの出荷計画について話し合っており、私はその会話の詳細をメモしました。

彼はそのメモをルイスに渡し、ルイスと会っているところを見られないようにそそくさと消えた。

ルイスがそのメモを確認すると次のような内容であった。

＊＊＊＊＊＊

日付：1936年7月25日……昨日の会話のようだが？

場所：漢口、英国商館

1. 出荷計画の概要：
- 新しいアヘン出荷計画が立案された。
- 目標は、これまで以上に迅速かつ効率的にアヘンを中国各地へ分配すること。
- 出荷量は前年比で20%増加を見込む。

2. 輸送ルート：
- 主な輸送ルートは、香港から広州を経て、内陸部へと進む予定。
- 新たに秘密の経路も確立され、厳重な警備下で運用される。

3. 関与する人物・組織：
- 商館の責任者、ジョン・ハリソン氏が全体の監督を務める。
- 複数の地元組織と協力し、安全な輸送と分配を保証。

4. 安全対策：
- 新たな輸送ルートには、地元の協力者による監視体制を整える。
- 警備は、既存のルートよりも厳しく、外部からの情報漏洩を防ぐ。

5. 計画の実行時期：
- 詳細な準備を経て、1936年8月中旬から出荷を開始する予定。
- 初回の出荷量は試験的に少なめに設定し、順調に進めば徐々に増加。

6. その他の注意点：
- この計画は極秘に扱う必要があり、関与する全員が厳重な秘密保持に同意。
- 万が一の情報漏洩に備え、緊急対応計画も立案されている。

＊＊＊＊＊＊

このメモは、1936年7月末の時点での新しいアヘン出荷計画の詳細を捉えており、孫偉強スン・ウェイチャンが偶然耳にした会話から得られた重要な情報をルイスに伝えるものである。この情報は、物語の展開において重要な転換点となる。

拙速を尊ぶルイスは、躊躇せず動いた。闇の武器商人、エミール・ヴォロフスキーに電話したのだ。

ルイス：おい。この間注文した飛行機はどうなっている？

エミール・ヴォロフスキー：そんなに早く出来るはず無いでしょう。

ルイス：馬鹿言うな。お前には相場の3倍位は払っているんだ。つべこべ抜かすと殺してしまうぞ。

エミール・ヴォロフスキー：物騒なこと言わないでくださいよ。出来た分だけ届けますよ。仮母屋のある滑走路に置いときゃ良いんでしょう？

ルイス：パイロットと副操縦士だけでは駄目だぞ。1機に付き10名の兵隊を載せて、100機用意しろ。

ルイスはそれだけ言い捨ててガチャンと受話器を切った。

今回はここまでにいたしましょう。次回をお楽しみに。

後書き

第15話「福州攻撃」は、1936年の中国を背景に、内部の権力闘争と外部からの圧力が交錯する中で、主人公ルイスが如何にして自身の地位を確固たるものに変えていくかを描いた物語です。このエピソードでは、情報の力と戦略的な思考がどのように歴史の流れを変え得るかを示しています。ルイスと彼の仲間たちの勇気と決断が、読者に強い印象を与えるでしょう。物語を通じて、歴史の一幕を再構築し、その時代の人々が直面した複雑な選択と挑戦を反映しています。読者にとって、このエピソードは理想、野心、そして人間性の探求でもあります。

第九章第15話国内４つ巴の争い「福州攻撃」