第十二章――「迫りくる内敵、外敵」
第20話――「香港ハッピーバレー競馬場の八百長レース(続々)」
前書き
1936年の香港、秋の深まりと共に、鄧美琳の人生もまた、思いがけない転換を迎えていた。彼女は、夫の鄧進豪がかつて連れてきた怪しげな男によって、未知の粉末を提供され、その結果、幻想的な多幸感に包まれる経験をする。しかしこの感覚は一時的なもので、翌朝には現実の重みが彼女をより強く引き戻す。この出来事は、彼女の日常に新たな影を落とし、彼女はこの影とどのように向き合っていくべきかという問題に直面している。
本文
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登場人物「年齢は1936年1月1日時点」
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主人公:岳明軒(16歳)。彼は南宋の英雄・岳飛の血を引く末裔として、洪水のため両親を失いながらも、自身の運命を探求し続ける。棍棒の使い手。俊敏かつ頭脳明晰。文武両道の逞しき若者。巴蜀王。南充郡王。成都公爵。イングランド子爵。
偽名チャールズ・キングスリー(22歳)「英国人の父と中国人の母を持つハーフ」を用いて、香港へ行く。
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岳明軒の資金。
香港上海銀行「HSBC」の瀘州支店に200億両の定期預金。2億両の当座預金。手持ち現金6,000万両。
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チャールズ・キングスリー元警部の仲間
1. リー・ジャスミン
- 年齢: 29歳
- 性別: 女性
- 役職: 警備会社「盾護安全」訓練部長。
2. チェン・エドワード
- 年齢: 34歳
- 性別: 男性
- 役職: 警備会社「盾護安全」運用部長。当初は営業部長を務めてもらう。
3.タム・アンナ
- 年齢: 18歳
- 性別: 女性
- 役職: 警備会社「盾護安全」副社長。
4.タム・ミンジュ「アンナの母親」
- 年齢: 36歳
- 性別: 女性
- 役職: 警備会社「盾護安全」「資本金一億両」の社長兼COO。
5.李慧敏
- 年齢: 36歳
- 性別: 女性
- 役職: 龍門金融有限公司 「資本金一億両」社長兼COO
6.李文韜
- 年齢: 58歳
- 性別: 男性
- 役職: 李慧敏の父親。 龍門金融有限公司 「資本金一億両」の副社長。
7.李華玲
- 年齢: 30歳
- 性別: 女性
- 役職: 李慧敏の妹。龍門金融有限公司 「資本金一億両」専務
8.李健民
- 年齢: 28歳
- 性別: 男性
- 役職: 李慧敏の弟。 龍門金融有限公司 「資本金一億両」の常務。
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チャールズ・キングスリー警部の戸籍上の両親
(偽)父:エドワード・キングスリー伯爵、48歳。香港セントラル区商店街裏手の豪邸に住む。暇を持て余すイングランド貴族。
(偽)母:リー・ファ・キングスリー伯爵夫人、42歳。中国人。イギリスと中国の両国籍を持つ。
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チャールズ邸従業員宿舎に住む部下たち
チャールズ兵100名「朝鮮難民男女同数、18歳から24歳」。
警備社員100名「蛋家男女同数、18歳から24歳」。
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1936年10月3日土曜日午後8時、新界・錦田の鄧文樹邸は、夜の湿気を庭の石畳に抱えたまま静まっていた。屋根の瓦は昼の熱をまだ少し残し、風が吹くたびに竹林が擦れて、乾いた葉音が細く続いた。奥の離れでは湯の匂いが薄く漂い、廊下の灯りが白壁に淡い影を落としていた。
チャールズは、鄧蓮花から得た断片を、頭の中で順に並べ直していた。分家の誰かが、アヘンの受け渡しを三合会の者と話していた。そこまでは筋が通る。だが、肝心の原料がどこから来るのかが曖昧だった。彼は、まず手元に置ける駒を動かすことにした。
チャールズは受話器を取り、遠く自貢にある豪邸へ電話をつないだ。線の向こうで呼び出し音が短く鳴り、やがて女の声が落ち着いて返ってきた。
李春花(26歳)が言った。「旦那様。久し振りですね。三合会攻略の方は上手く行っていますか?」
チャールズは声の調子を崩さずに答えた。「少しずつ、前には進んでいるが、組織の全貌は掴めていない。どうも誰かがボスというわけでもなさそうだ」
李春花は間を置いて言った。「集団指導体制を取っていると思うのですね」
チャールズは言葉を選んだ。「複数名の大幹部集団がいて、彼らの中から任期制なのか、終身制なのかは分からないが首領を決めている感じがする。あくまでも僕の推測に過ぎないが」
李春花が言った。「そうなると、全滅させるのは難しいかも知れませんね」
チャールズは続けた。「大幹部たちの大多数を捕らえて、財産を没収してしまえば彼らの力も弱るだろう。そうなれば、抗日に全精力を注ぐことが出来る」
彼は、ふと机の上の記録を指で押さえ、思い出した押収物の量を口にした。「ところで、以前アヘン5トンとヘロイン10トン及びモルヒネ1トンを押収したことがあったな?」
李春花の返事は早かった。「はい。高速巡洋艦『ネプチューン』号に、その後押収したものも含めて積み込んであります。内江の港に停泊していますが、そちらに行かせましょう。私が飛行機に積み込んでそちらに向かいます。高速巡洋艦『ネプチューン』号の方は一週間ほど掛かりますが、目的の品物の方は明日中に持っていきます。新界・錦田:鄧文樹邸の敷地内に滑走路はありますか?」
チャールズは窓の外の庭を見た。砂利敷きの広場は広いが、滑走路として整ってはいない。「滑走路はないが、広い敷地だから、適当な場所に停めれば良いよ」
李春花が言った。「了解しました」
チャールズは電話を切った。受話器を置く音が部屋に残り、すぐに夜の虫の声へ溶けた。彼は、鄧蓮花から聞いた話をもう一度噛み砕いた。分家が受け渡しに関わる。製造の現場は別にある。だが、ケシの花の入手経路が見えない。そこが空白だ。
彼は椅子から立ち、廊下へ出た。床板は素足に冷たく、どこかで香木を焚いた甘い匂いがする。チャールズは侍女に短く告げ、鄧蓮花を呼ばせた。
◇ ◇ ◇
夜遅く呼ばれた鄧蓮花は、胸の奥を硬くして歩いた。いよいよだ、と彼女は覚悟した。身体を求められると思い、前もって湯を使い、髪を整え、化粧も崩れないように仕上げてきた。湯上がりの肌には石鹸の匂いが残り、首筋には香油が薄く光っていた。
彼女は身体の線にぴったりとした白いドレスを着ていた。布は滑らかで、動くたびに小さく擦れる。膝丈の裾は歩幅に合わせて揺れ、肩紐は細く、胸元の縫い目がきちんと形を整えていた。清潔感のある白は、夜の灯りの下で少し青く見え、腕のブレスレットが小さく鳴った。
チャールズは彼女の姿に一瞬目を奪われ、言葉が遅れた。部屋の空気は湿り、窓の外では竹が鳴っている。彼は彼女を迎え入れ、近い距離で息を交わした。
その夜、2人は長く同じ寝台で過ごした。肌に残る湯の温もり、シーツの乾いた感触、汗に混じる香油の匂いが、時間の感覚を曖昧にした。外では風が一度強くなり、屋根の瓦がかすかに鳴った。息が落ち着いた頃、彼らはようやく言葉へ戻った。
チャールズは尋ねた。「鄧蓮花さん。分家の者は自分の屋敷でアヘンを製造していたのかな?分家と言えども、裕福な、錦田鄧氏一族の者がアヘンの密造をするとはどうしても思えないんだが。僕の経験でも、アヘンやヘロインの密造に携わる者は、貧しい農家や鉱夫などの貧乏人ばかりだった」
鄧蓮花が言った。「そうよ。もちろん、自分ではやらないわ。実際に製造するのは、福建から出稼ぎに来た連中だと言っていたわ」
チャールズは問いを重ねた。「場所は提供していたんだろうか?」
鄧蓮花は首を振って言った。「それも足がつくと拙いから、何でも台湾の山の中でやっているそうよ。台湾には福建から行っている人間が多いからね」
チャールズは言った。「台湾は日本の領土だから取り締まりが厳しいんじゃないのか?」
鄧蓮花が答えた。「台湾の先住民族にセデック族という部族が居るの。彼らしか住んでいない山岳地帯で密造「アヘンとヘロイン」していると聞いたわ」
チャールズは繰り返した。「セデック族?台湾の先住民族なのかい」
鄧蓮花は説明を続けた。「セデック族は台湾原住民の一部で、台湾の中央山脈地域に住んでいるの。彼らは独自の言語と豊かな文化を持ち、狩猟や農業を主な生業としているのよ。セデック族の社会は家族と部族の結びつきが強く、共同体の調和を重視しているそうよ」
鄧蓮花はさらに言った。「文化的には、多くの口承伝説や歌を持ち、これらは自然や歴史との深い関係を表しているわ。宗教面ではアニミズムを信じ、自然界の精霊や先祖を崇拝し、定期的に儀式を行っているの。社会構造は族長が中心となる部族社会で、社会的な役割や結婚は厳格に管理されているわ」
鄧蓮花は息を整えて言った。「経済活動は農業と狩猟のほか、織物や手工芸品の製作にも従事しており、これらは彼らの文化的アイデンティティを形成する重要な要素なの。日本統治時代には、土地が接収されたり同化政策が施されたりするなど、彼らの生活や文化に大きな制限が加えられたけど、霧社事件を含む抵抗活動も行って来たと聞いているわ」
チャールズは感心を隠さずに言った。「鄧蓮花さんは、美しくて艶やかなだけではなく、物知りでもあるんだね」
鄧蓮花が言った。「褒めていただいて、嬉しいですけど、知らないことも多いの。例えば、ケシの花を何処から仕入れているのか分からないの」
チャールズは言葉を改めた。「ケシの花、つまりアヘンの原料となる植物のことですね。ケシの花の主要な生産地は以下の通りです」
チャールズは続けた。「まず、インドですね。インドでは特に北インドやベンガル地方がケシの花の重要な生産地で、この地域で栽培されたケシは主に東南アジアや中国へと密輸されていました」
チャールズは言った。「次に、ビルマ「現ミャンマー」です。ビルマのシャン州などの山岳地帯でケシが広く栽培されており、この地域もアヘン貿易の中心地として機能していました」
チャールズは結論まで言い切った。「そして、インドシナ半島も重要な生産地です。特にベトナムの北部やラオスの山岳地帯でケシが栽培されています」
チャールズは言った。「これらの地域は、後に「黄金の三角地帯」として知られるようになりますが、その名の通り、世界的にも非常に重要なアヘン(ケシの花)の生産地となりました。この地域は地理的にアクセスが困難で、法の手が及びにくいため、密輸活動には適した環境でした」
鄧蓮花は小さく頷いて言った。「チャールズさん。ありがとう。良く分かったわ」
チャールズはすぐに核心へ戻った。「私は早速、明朝から動きますので、三合会の者とアヘンの受け渡しを行っている分家の者の名前を教えて下さい」
鄧蓮花は覚悟を決めた声で言った。「はい。私の夫:鄧文樹(40歳)の末弟で、名前を鄧進豪(30歳)と言います。彼の妻は、鄧美琳(24歳)と言います。今いる四合院の一番奥「一番北」にある部分に住んでいます」
鄧蓮花が続けた。「この情報が正しかったら、私の夫を何とか助けて下さいますね」
彼女の目には涙が浮かんでいた。灯りが揺れ、その粒が光って見えた。
チャールズは、彼女の夫を思う気持ちが嘘ではないと感じ取った。彼は頷き、短く言った。何とかしてみましょう。
鄧蓮花は、その言葉だけで足が少し軽くなった。彼女は部屋を出て自室へ戻ろうとしたが、チャールズは彼女を引き留めた。その夜は再び長く続き、夜明け前まで部屋の空気は熱を帯びたままだった。
◇ ◇ ◇
1936年10月4日日曜日午前6時。新界・錦田の朝は、空が白む前から湿っていた。庭の葉に露が溜まり、土の匂いが濃い。台所に立つと、冷えた石の感触が足裏に伝わる。
その朝、チャールズは香港料理を作って鄧蓮花に振る舞うと決めていた。彼はキッチンに入り、湯を沸かし、刻み台を拭いた。湯気が立つと、昨夜の熱がまだ身体に残っているのに、頭だけがはっきりしてくる。
同じ頃、鄧蓮花も朝食を作ろうとして台所へ向かっていた。2人は入口で鉢合わせし、一瞬だけ静けさが落ちた。鍋の蓋が小さく鳴り、遠くで鳥が1度鳴いた。
チャールズは先に口を開き、朝食を一緒に作りましょうか?と提案した。鄧蓮花は少し驚いた表情を浮かべながらも、いいですね、お手伝いしますと応じた。
2人は手を分けて動いた。チャールズは蝦餃を作り、鄧蓮花は牛腩面を担当した。海老を刻むと、甘い匂いが立つ。薄い皮に包んで蒸すと、湯気に海の香りが混じり、指先がしっとり濡れた。牛肉を煮る鍋からは、醤油と香辛料の匂いが上がり、麺を湯に落とす音が短く響く。
料理をする間、2人はお互いの文化や好きな食べ物について話し合い、和やかな雰囲気が流れた。盛り付けの皿が並ぶと、台所の灯りが白い湯気に反射し、部屋が明るく見えた。
やがて、朝食がテーブルに揃った。噛むと蝦餃の中の汁が熱く、舌の上に甘みが広がる。牛腩面のスープは濃く、喉の奥が温まる。2人の会話は途切れず、笑い声が自然に出た。
朝食が終わると、ふたりは自然に抱き合い、熱いキスを交わした。チャールズは独身で、抱擁やキスに抵抗はなかった。だが、鄧蓮花の心は単純ではない。彼は夫の鄧文樹を香港警察に捕らえさせ、自分を人質にした相手でもある。
夫の刑期を削減してもらいたいがために身を任せたのは事実だが、愛しているとは思っていなかった。ところが、チャールズを知るにつれて憎しみは薄れ、いまはキスを拒まずに受け入れている自分がいた。
その時、母屋の玄関ドアがノックされた。2人は抱擁を解き、現実へ戻った。鄧蓮花がドアを開けると、目の前に鄧美琳(24歳)が立っていた。彼女は、夫:鄧文樹(40歳)の末弟:鄧進豪(30歳)の若妻だった。
鄧蓮花はチャールズを紹介し、どうしたの?何か御用?と尋ねた。
鄧美琳が言った。「母屋の前を通りかかったら、蝦餃の美味しそうな匂いがしたものだからおすそ分けしてもらおうとやってきたのよ」
若い鄧美琳は屈託のなさそうな顔で笑ったが、指先は落ち着かず、視線がわずかに泳いだ。
チャールズは穏やかに答え、もちろん。良いですよ。今から2人分作りますので、持っていってくださいと言った。彼は蒸籠を温め直し、14分ほどで蝦餃を2人前こしらえた。蒸籠を開けた瞬間、熱い湯気と海老の甘い香りが一気に広がった。
渡す時、彼女の指先が少し震えた。さらに、身体からコカインの粉末の匂いが微かにするのを、チャールズは敏感に感じ取った。汗に混じった甘い薬品臭だった。恐らく、鄧美琳はコカインの中毒になっている。彼はそう判断した。
鄧美琳は丁重に礼を言い、母屋を出ていった。
チャールズは低い声で言った。「鄧美琳はコカイン中毒になっている。放置すると廃人になってしまうぞ」
鄧蓮花の顔色が変わった。「大変だわ。チャールズさん。何とか彼女を助けてやって頂戴」
チャールズは早口で言い含めた。「今から、彼女の家に行き、放って置くと、コカイン中毒で廃人になってしまうぞ。チャールズさんが良い薬を持っているから、母屋でチャールズさんにすべてを白状しなさいと言うのだ。彼女が助かるか廃人になるかは君に掛かっている。頑張れ」
◇ ◇ ◇
しばらくして、鄧蓮花が鄧美琳を連れて戻ってきた。母屋の中は朝の光がまだ薄く、床の影が長い。チャールズは2人をソファーに座らせ、熱い紅茶とお茶菓子を出した。湯気が鼻先をくすぐり、甘い香りが少し空気を和らげた。
鄧美琳は震える声で話し始めた。「鄧進豪「鄧美琳さんの夫」が約半年前に、目つきの悪い40歳程度の男を家に連れてきました。この男は夕食を振る舞われ、その場で他愛のない会話を交わした後に帰宅しました」
彼女は一度唇を湿らせ、続けた。「私はその夕食の後、心地よい多幸感に包まれましたが、その感覚は永続するものではありませんでした。その後、男は毎週のように夕食を食べに来るようになり、次回からはワインに何らかの粉末を混ぜたものが提供されました。この粉末を摂取すると、私は抗えない多幸感と万能感に満たされました」
彼女は俯いたまま言った。「男は三合会の組員であり、彼は夫:鄧進豪に命令して、最初は福建から出稼ぎに来た労働者を高給で雇わせ、彼らに台湾の山岳地帯「先住民のセデック族の住む貧しい地域」でアヘンを密造させたのです」
チャールズは短く受けた。「そこだと、統治者の目が届きにくいと踏んだのでしょうね」
鄧美琳は頷き、言葉をつないだ。「そうだと思います。ところが、統治者の日本と先住民のセデック族が揉め事を繰り返し、台湾では取り締まりが厳しくなり、アヘンの製造が難しくなりました。そこで、元々日本と折り合いが悪いセデック族を高給で雇い、鄧進豪の農場でアヘンの製造を始めさせました。アヘンの原料となるケシの花はこの男が提供していました」
チャールズは核心を突いた。「男の名前と住所は分かりますか?」
鄧美琳が答えた。「名前は「陳偉強40歳)」と言います。彼の住所は、新界、元朗、荃湾街286号です」
チャールズはすぐに手を動かした。彼は鄧美琳に、鄧進豪を連れてこさせ、ふたりにコカインの耐性薬をひと粒ずつ飲ませた。ふたりは気を失った。彼は鄧蓮花へ、目が覚めるまで看病しろと指示した。
次に、チャールズは電話へ向かった。新界・八郷のクラブハウスで再建の指揮を取っている李健民を呼び出す。
李健民が言った。「旦那様。何か御用ですか?」
チャールズは言った。「今から、三合会退治に向かう。お前も飛行機で此処に来い」
◇ ◇ ◇
午前11時が近づくにつれ、屋敷の空気は張り詰めていった。遠くの通りの物音があっても、室内ではそれが別の世界のように聞こえる。李健民が到着すると、チャールズは最小限の言葉で状況を伝えた。
2人は車に乗り、新界元朗の商店街へ向かった。店先の喧騒は表通りにあり、裏へ回ると急に人影が薄くなる。湿った壁、古い油の匂い、排水溝の臭いが混ざり、空気が重い。目的地は、商店街の裏手にある寂れたビルの2階、荃湾街286号室だった。
午前11時、行動が始まった。ビルの階段は狭く、踏むたびに木が鳴った。2階の廊下は暗く、薄い埃の匂いが喉に触れる。チャールズは腹に巻いたダイナマイトを見せつけるように構え、室内の敵に一撃で全てを吹き飛ばす意思を通した。李健民は冷静さを保ちつつも、重火器である機関銃を容赦なくぶっ放した。威嚇射撃である。
金属音が廊下に跳ね返り、室内の気配が一斉に固まった。怒鳴り声が短く上がり、椅子が倒れる音がした。逃げ道を探す足音が乱れ、次の瞬間には静かになった。敵組員たちは即座に降伏するしか選択肢がなかった。
陳偉強の拘束は、作戦の中心だった。身柄を確保したことで、今回の動きは次へつながる。チャールズと李健民は余計な会話をせず、すぐに錦田へ戻った。車の窓から入る風は温く、汗の塩気が唇に残っていた。屋敷へ近づくと、竹林の葉音が再び聞こえ、朝の台所に漂っていた蝦餃の匂いが、まだどこかに残っているように感じられた。
後書き
日曜日の午前、チャールズと李健民は、三合会の構成員を捕縛するために新界元朗荃湾街286号へと急行した。彼らの目的は明確で、その決意は固い。突入時、彼らは戦場のような壮絶な光景を演出し、敵の組員たちはすぐに降伏した。陳偉強の拘束により、彼らは大きな勝利を収め、この成功を胸に、鄧蓮花の待つ錦田へと帰還した。この一連の行動は、彼らにとって新たな章の始まりを告げるものであり、それぞれが自身の役割と運命を再評価する契機となった。本話では、やっと三合会の構成員の一人を捕縛しました。彼もまた、トカゲの尻尾切りに合うかも知れませんが、三合会の勢力が弱まることは間違いありません。ひとつひとつ潰していく他無いようですね。
エピソード599
紅軍の長征

中国地図
出典 建築資料研究社「住まいの民族建築学」浅川滋男著P8

中国侵略
東京書籍「世界史B」P329

辛亥革命以降
東京書籍「世界史B」P332

国民党の北伐と共産党の長征
東京書籍「世界史B」P364

山川出版社「市場の世界史」佐藤次高/岸本美緒著。P179

香港と九龍半島
広東省中・東部
出典:山川出版社(移動の地域史)松本宣郎/山田勝芳著。P61。
香港全域(九龍地区は香港島の対岸にある)
出典:山川出版社(移動の地域史)松本宣郎/山田勝芳著。P70





