おばんです。

おいでよ青森でございます。

 

「方言で書き言葉難しい」という旨のツイート(今はポストか)を先日リツイート(同リポスト)しました。

確かに、普段X(旧Twitter)において青森の訛りを取り入れることはたまにありますが、ここ最近はご無沙汰でした。

なぜかと言うと、「書き言葉で訛るのは非常に難しい」からです。

もう少し正確に言うと「書き言葉で訛ってる話し言葉を表記するのは非常に難しい」です。

 

思い浮かべてみると、関西弁などは「〜やん」「〜やなあ」「自分(=二人称)」など、比較的表記しやすい場合が多いかもしれません。

ところが青森では、普段使っている言葉を書き言葉に表す場合、どう表現したらいいのか迷う言葉が多々あるのです。

 

例えば、「そうなんだ」「へえ〜」と相槌を打つ時の、「ろぉー(中国語のrに近い発音)」

「同じ」と言いたい時の「ふとじ(「じ」は「じ」と「ず」の中間のような音)」

「500円分で」という意味の「ごふゃくえゃんで(「円」の発音は非常に「やん」に近くなる)」

 

こうして書いてみるだけでも、一苦労でした(特に3つ目)。

これを毎ツイートで発音記号通りに表記するのかと思うと、途方に暮れるわけです。

 

しかし、世には先人というものがございました。

方言詩人として名高い、高木恭造先生(1903-1987)でございます。

高木先生は文筆活動に加えて、弘前に眼科医院を開業なさっていて、昭和生まれくらいまでの方なら「でっかいまなぐの看板」を思い出されるかもしれません。

当時は汚い言葉と言われていた津軽弁を使って、「まるめろ」をはじめとする作品を世に送り出した詩人です。

 

その中の「冬の月」という詩の冒頭を少しだけ引用します。

 

  嬶(カガ)ごと殴(ブタラ)いで戸外(オモデ)サ出ハれば
  まんどろだお月様だ

 

初っ端から「奥さんをぶっ叩いて外に出れば」なんて、今ならDV案件ですね(当時は昭和初期です)。

しかし次の行「万の灯籠のように明るいお月様だ」という表現は、非常に印象的ではないでしょうか。

これが普通に標準語だったら、津軽弁のような臨場感、切々とした感じは伝わりにくいのかもしれません。

 

ちなみに高木先生の命日は10月23日、そうです、津軽弁の日なのです。

先生が亡くなられた翌年、1988年に第一回が開催されています。

 

青森県民の年末のお楽しみといえば、この津軽弁の日のテレビ放送ではないでしょうか。

ラジオでは一足早く11月頃に放送されたり、青森を離れた人も年末年始の帰省時には家族や親戚揃ってみんなで楽しむ番組だと思います。

 

話が飛びました。時を戻そう。

 

何を言いたいかというと、津軽弁に限らず南部弁、下北弁は非常に難解で、書くとなると喋るよりも労力が必要となるのです。変換を含めて。

その労力を使ったとしても、伝わりにくいこともままある、それが方言。

 

へば、いいじゃ。

 

となるわけです。

(全ての人がそうだと言っているわけではなく、おいでよ青森の場合です)

 

ただ、140字に収めなければいけない時なんかは、もしかしたら便利なのでは。

「わたし」が「わ」、「あなた」が「な」、「ください」が「け」、「ふきのとう」が「ばっけ」、「泥」が「すぱね」、「おかわり」が「あどはだり」、「小銭」が「だらっこ」、などなど……

 

あれ、字数むしろ多くなってる…?

 

 

以上、全て津軽弁のイントネーションで再生いただければ幸いです。(標準語のままでも全く構いません)