久しぶりに図書館に行って来ました
( ´ ▽ ` )ノ


私は必ず図書館に行くと戦争コーナーに行きます。

人が人をこんなにも酷い事が出来るのかと…

自分に言い聞かすように。

後は読みたい本をさがして

最後は絵本コーナーへ

小学生の1年生の時によく読んでいたのを覚えています。


「おそばのくきはなぜあかい」

むかーし、むかーし、おおむかし
まだ草や木が口があって
はなしをしていたころのことです…


こんな始まりだった気がします^ - ^


絵本は気持ちを温かくさせてくれます。
いろんな事を教えてくれます。

大人になってからの絵本はとても良いものです( ´ ▽ ` )ノ



すずらん恵








先週の金曜日夜から弟が2日間いた

小さなときは仲が良く

小さいお母さんだった

私の家はとても貧しく

母親は裕福な家庭育ちで

わがままいっぱいのせいで

母親としての自覚がまるで無いのです

しかも女嫌いときている

兄と弟3人兄弟

私だけ女の子で病弱で手が掛かるので母親に嫌われていました

弟も父親が望んで産んだ子どもだから面倒はみないと弟本人に言う始末

兄は性格がゆがんでいて小さい弟を殴ったり妹の私に友人と2人で暴行したり平気で兄弟の物を盗んだりして嫌われています
兄は母親が大好きなのでしょう
私と弟が仲が良く兄は虐げられていたからだと思います

父親は私と弟をよく面倒をみてくれました
幼稚園や運動会のお弁当は父親が作ってくれるのです
母親から離れるように
何時も車で遊びに連れて行ったり買い物をしたり祖父母の家に行った記憶があります
兄がいた記憶は殆どありません


自分の家族が普通では無いと感じ始めたのが小学生の低学年だったと思います
朝ごはんを作ってもらった事が無いので
お腹が空いたら炊飯器からご飯をよそり自分で食べなければならなかった
ご飯がよそれない小さい頃は
兄がよそってくれてた気がします

お腹が空いたら自分で何か探さなくてはいけなくてキャベツをかじってたこともあります

学校の友達は朝ごはんはお母さんが作ってくれるよ…と聞いたときショックでした

母親は晩ご飯だけは作ってました
それは父親に怒られるからです

父はよく晩ご飯のお弁当を作ってました
夜勤のときは父が居ないので母が作らなかったからでしょう



私は病弱で小学校の低学年は殆ど学校に行ってません
自宅で安静にしていなくてはいけなくて
喘息があったので布団に仰向けで寝る事はなく何時も壁に寄りかかりながら寝るのです
そうしなければ器官に痰が詰まり息が出来なくて転げ回る苦しさは今でも覚えてます

自宅で母親と2人で過ごす時間は母親が機嫌が良いか悪いか気を使わなければならなくて
1人で遊んでいてもつまらなく
母親に遊んで貰おうと近ずくと怒鳴られてました

母親には
私はお前の家政婦じゃない‼
と怒鳴られた事もあります


大人になってからも変わりはありませんでした

私が離婚して娘とアパートで暮らしていたら母親から突然
実家に戻って来いと言われ
アパートにある家財道具一式や電話権利も全て兄に渡せと…仕事で引っ越しするからという理由で
兄が母親に言っていたんだと思います


実家で暮らしていたときに私が膵炎で苦しんでいても母親は知らん顔で弟が世話をしてくれました
入院中も顔一つ出した事もなく
調子のいい兄はこうゆうときだけ顔をだします

父が他界してからは兄弟バラバラになりました

再婚していた私は実母より酷い?いや同じくらいか
使用人扱いされる姑の所で精神障害になり男の子1人生みましたが使えない嫁は要らないと離婚されてしまいました

娘と2人ぐらしで苦しくも穏やかな生活で幸せを感じてましたが
音信不通にしていた兄弟が私の居場所がわかり
私の穏やかな生活が一変して
また
あの家族にかかわらなければならなくなり
私はまた苦しんでいます


仲が良かった弟が小さな頃と同じ感覚で家に来ます

私は精神障害です
昔の私とは違い人と接する時間が難しいと説明しても分かってもらえず
どうしたものか悩み中です




長々と書いてしまいました
すみません




すずらん恵







私以外に私を解る人はいない


身内も他人も同んなじ


親切を装ってるだけ


楽になりたいなあ




すずらん恵