政府・日銀はデフレ脱却に懸命ですが、なかなか思うようにインフレには転換しません。ここでは、仮に政府・日銀の思惑通り、インフレに転換したとして、企業行動に与える影響を考えてみます。

 デフレ時の説明に入る前にかつてのインフレ時を考えてみましょう。1950年代から80年代の、いわゆる高度経済成長期からバブル期までです。

 インフレですから、購入した土地は値上がりしていきます。すると、新たに取得した資産を元手に銀行から資金を借り入れ、土地を購入します。これを繰り返すことにより、資産は急速に拡大します。確かに、借入金が増大し、金利もかさみますが、土地は値下がりしないという「土地神話」の下、土地の評価益の拡大の方がはるかに大きくなるのですから、借入金の増大など気にせず、銀行が貸してくれる限り、土地を中心にひたすら資産を購入し続けるのです。資産を購入するのは、使うからではなく値上がりするからです。

 ところが、デフレになると様相が一変します。購入した資産の価格は下がるのに、当然のことながら負債の借入金の額面は変わりません。担保である資産価値が下がると、銀行では保全不足が生じます。こうなると、銀行は豹変します。かつて、甘言を弄して融資を迫った銀行は、手のひらを返したように強面に返済を要求します。キャッシュのほとんどを資産の購入に振り向けていた企業は、借入金返済に四苦八苦するようになります。

 

デフレ下で求められる企業行動は次のようなものでした。モノの価格は将来安くなるのですから、資産購入は慎重に行うことが求められます。資金を借り入れて資産を購入すると、借入金額は変わらないのに、購入した資産の価値は下がってしまいますから、そのままでは損になってしまいます。この場合、重要なのは購入した資産が値上がりするかどうかではなく、その資産が将来どれほどのキャッシュフローを生み出すかです。生産設備で使う土地であれば、建設した工場が稼働して獲得するキャッシュフローですし、製品や商品等の在庫であれば、顧客にまで届け獲得できるキャッシュフローです。獲得できるキャッシュフローと取得価額とを見比べて資産購入の可否を判断することになります。デフレ下で要請される企業目標は資産をできるだけスリム化しながら、キャッシュフローを極大化すること、といっていいでしょう。

さて、政府、日銀の思惑通り、インフレに転換したとして、企業行動を以前のように変えるべきなのでしょうか。答えは、もちろん「否」です。デフレの時代にようやく根付いたキャッシュフロー経営を崩してはいけないと私は思います。

資産購入について重要なのは資産の使い方であり、使用により生み出すキャッシュフローです。どんな時代でも、企業が資産を購入する理由は、漠然としたマクロ的値上がり期待ではなく、企業が合理的に予想できるミクロ的なキャッシュフロー予測に基づいたものでなければなりません。(了)

(記事提供者:(株)税務研究会 税研情報センター)