俳句は簡単 作り方 季語 切れ字 -4ページ目

俳句は簡単 作り方 季語 切れ字

俳句は簡単 誰でも何処でもつくれます。俳句にも形がありますから、その形になれてしまうこと。後は言葉の出し入れで、仕立てます。

南極大陸の物語がテレビ番組になっている。

樺太犬のタロとジロの物語も出てくる。

南極大陸の科学観測所建設の物語である。

南極からの帰りにタロとジロを置き去りにした物語が、

日本人には悲しくも衝撃的だったから

今に伝わる悲しいエピソードになっている。

TBS系 毎週日曜 午後9:00~午後9:54 で見られる。

昭和33年(1958年)に実行された南極大陸の開発の物語。

ちなみに、日本は南極大陸まで行き着けず、少し手前のオングル島に

基地を建設し、その名を「昭和基地」と命名し今に至る。




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南極観測隊の防寒ウェアーや砕氷船の模型など思い出のいろいろ揃えてございます




南極大陸のテレビドラマが好調だ。

TBS開局60周年記念の集大成として放送されている。

木村拓哉主演の感動巨編。

実話が基本のシナリオだから、樺太犬の現地残留などの

話があって視るのがつらいだろうと思う。

実際、当時この樺太犬の残留の報が届いたときは、

日本中が嘆き悲しんだものである。

新聞論調には強い非難論調であった。

そして置き去りにされた樺太犬に対して、日本中がテレビの前で涙をながしたものだ。

その樺太犬が、翌年の一年後に、まだ生きていたのだ。

翌年の観測隊が、南極にたどり着くと、そこに樺太犬のタロとジロが現れた。

隊員は驚くとともに、涙の再会となったのである。

厳寒の南極で一年もの間、どうして生きていたか、いまだに本当の姿は

分らない。ただその、生命力には、日本中が頭を垂れて涙した。

1956年(昭和31年)11月、総勢53名の第1次南極観測隊である。

隊員がタロ、ジロを含む22頭の樺太犬と共に東京湾より

南極観測船「宗谷」で南極へ出発。

この越冬隊には、もう一つエピソードがある。

かんじんの砕氷船が、厚い氷に阻まれて、目的地にたどり着け

ないで苦労したのだ。第一回目の越冬隊で、まだ現地の様子が

分らなかった。そんな時代があったのだ。

しかたがないから、共産国だったソ連、現在のロシアに頼んで

分厚い氷を割りながら、航路を造ってもらったのだ。

さすがにソ連は、冬の国だからなれたもので、2メートルの分厚い氷も割って進む。

あれよあれよの間に、日本の船を先導してくれた。

この報にも、日本中が湧きかえったものだ。ロシアはスゲーや!!

高度成長の始まった時期で、日本人は分けもなく元気の頃だった。

そんな思いを持ちながら、テレビ鑑賞もわるくないか。

主題歌 : 中島みゆき『荒野より』



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風が強くなって、寒さが近づいています。
暖房は早めのご用意をおすすめします。