何気なくテレビを見ていたときのこと。

某テレビ局のアナウンサーの方が、
オーケストラの演奏にのせて朗読を披露されていました。

その姿がとてもいきいきしていて、
「ああ、この方、心から楽しんでいるんだな」と伝わってきて。
思わず見入ってしまいました。

その方が、
音楽にのせて朗読を始めたきっかけを話されていて。

その中のひとことが、
なぜか胸に残ったのです。

「私は本物ではないと思っていた」

その言葉を聞いたとき、
この方もきっと、自分の居場所や社会とのつながりに悩んできた時間があったんだなと感じました。

そして同時に、
まるで自分の肩をトンと叩かれたような気がしたのです。


私は、自分の音楽やピアノのテクニックに
絶対的な自信があるわけではありません。

どれだけ練習しても
どれだけ理論を学んでも

なぜか、満たされない。

「まだ足りない」
「もっと学ばなければ」

そうやって外に答えを求め続けて、
気づけば“学びの迷子”になっていました。

講座を受けてはまた次へ。
いくらでもお金はかかるのに、
心はどこか空いたまま。

本当は、もう十分すぎるほど学んできたはずなのに。

どうして活かせないんだろう?
どうして収入に結びつかないんだろう?
どうして今の自分を認めてあげられないんだろう?


ふと、ひとつの答えが浮かびました。

「私は、ずっと自分を監視している」


私は厳しく育てられました。

「あれはダメ」
「そんなことでは生きていけない」
「まじめな仕事に就きなさい」

でも――

“まじめな仕事”って、何なんだろう?

好きなことを仕事にするのは不真面目?
自分で選んだ道は間違い?
それで本当に生きていけないの?

誰が、いつ、どんな基準で
そんな人生のルールを決めたんだろう。

気づけば私は、
その価値観をそのまま受け取って、信じてしまっていた。

 

 


じゃあ、私は何が幸せなんだろう?

何をしているときが一番楽しい?
どんなときに心がふわっと広がる?

その「ワクワク」こそが、
これからの時代を生きるヒントなんじゃないかと思うのです。


もう私は、
誰かの期待や命令に従って生きる必要はない。

私の人生は、私のもの。

そう、自分に許可を出しました。


「本物の私」とは何だろう。

それはきっと、

自分を認めて
心と体を整えて
今、この瞬間を生きている私。

特別な何かになることではなくて、
“今をちゃんと生きている状態”そのもの。


あのアナウンサーの方の姿を見ながら、

「本物って、こういうことかもしれない」

そんなふうに、静かに感じたのでした。

 

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