エッセイを読むのが好きだ。

特に、各業界でトップにいる人たちの書くエッセイが好きだ。

 

つまりはミーハーなのである。

齢20年にして私の人生は実にミーハーであった。

 

 

 

NONSTYLEがM-1で優勝した年、私の髪型は左右非対称だった。

「あげぽよ」が流行語となった年、私は児童会の選挙演説で「あげぽよ」とほざいた。

ラグビー日本代表が南アに歴史的勝利を挙げた年、体重50kgの私はラグビーを始めた。

そして今、十勝が朝ドラの舞台としてバズり、札幌に東京五輪のマラソンの舞台としての白羽の矢がいきなり突き刺さった年に北海道に移住した。

 

 

 

流行ったからそうしたのではない。

なぜなら上記の事項は全て私のアクションが時間的に、物理的に早く行われていたからだ。

 

しかし

 

客観的にみてこの人生を一言で表すならミーハーとしか言いようがない。

 

知らぬ間に私は世の中に流されてきたのである。

結局は流行るべくして流行ったものにたまたま早めに乗っかっていただけのことである。

流行を構成する分子の一つに過ぎない。

 

 

アンチミーハーな自分とは裏腹に、ミーハーな人生を歩んできてしまったことに気付いたのはごく最近のことで、それからというもの、自分らしさや個性の欠如に悩まされる日々を送ることになった。自分のやりたいことはなんなのだろうか。

 

 

そんなある日サークルの活動の一環で、人生で初めて人前でギターを弾きながら歌を歌うという経験をした。

人前と言っても実際私の発表を聴いていたのはサークルのメンバーや先輩方のみだったし、私の演奏の腕前も一般の方に聞かせられるようなものではなかったのだが、そこで私は今までの人生で感じたことのない喜びを感じたのである。

 

それは、「人前に立つ喜び」でも「音楽を奏でる喜び」でも無く、「自分なりのアイデンティティを外部に発散する喜び」だった。

 

それは単なる認証欲求とは違う。誰に知られるで無くても、自分の一部を外に出すという作業に私は快感を覚えたのだ。めっちゃキモい!

 

 

将来の夢は?と尋ねられて、具体的な職業や役職を答えられた試しがなかった。

〇〇についてどう思うかと尋ねられて、はっきりとした答えを返せた試しがない。

そんな人間なのに、常に創造する側でありたいと願っていた。

 

 

というわけで始めるのがこのブログである。

日々自分が感じたことを書き記すことで、自分の個性を排出し、あわよくば創造する側になってやれないものかという魂胆である。

 

実を言えば日記帳を買い、同じことを試したことは何度もあるのだが、長続きしなかった。

 

ならばいつ誰にみられてもおかしくないスリルの中でやればええやんと思ったのである。

そしてあわよくば著名人のエッセイの真似事をしたいという魂胆である。

 

絶対に拡散はしない自分用のブログだが、語彙力向上とユーモアセンス向上のため、よそ行きの文章でなるべく面白く書くのが目標だ。

 

Twitterとインスタグラムのアカウントに貼り付けるだけである。

 

もしこのブログを読んだ人がいても、決して痛いと思わないでください。

そしておちょくらないでください。

 

よろしくお願いします。