ふたご星は生きてるのか死んでるのか?

そう思われても不思議じゃないほど

ブログにアクセスすることなく何ヶ月も過ごしてきた。

ぶっちゃけ忙しすぎて、それどころじゃない感じで。

ピグパズルをする時間はたっぷりあったりするんだけどね。💦

 

昨年の10月に義母が入院し、12月に他界した。

年末に葬儀を済ませてホッとしたのも束の間、

新年早々

夫の実家に一人で暮らす義父は、こんな寒い家に一人で住むのは嫌だと言い出した。

確かにマンションとは違って戸建ての冬は寒い。

 

料理好きだった義母に美味しい手料理を作ってもらっていた義父にとって、ワタミの宅食をレンジでチンする生活は、さぞ味気ないものだったろうと思う。

そこで待ったなしで義父の転居先を探すことに。

 

結果、我が家から自転車で13分で行けるところにあるサービス付き高齢者住宅に、義父は引っ越すことになり、その契約や引越し準備などで休日は丸潰れ。

引っ越しをして約1か月が経ち、そろそろ義母の相続の手続きを始めなくちゃと動き出しているところ。

 

義母は不動産を所有していないので、比較的簡単に手続きは済むはずなんだけど、義母がどこにどれだけお金を預けているのか?借金はあるのか?

そういったことが全くわからず、大量に残された紙類を重要なものと捨てて良いものに分類しながら捜索するしかない。

 

義母は享年89歳。

物が捨てられない世代の典型のような人で、何もかも捨てずに残していて、私が一手に引き受けることになった仕分け作業は困難を極めた。

 

デパートの包装紙が山ほど出てきたのは想定内だけれど、その中に崎陽軒のシュウマイ弁当の包み紙とか、ユザワヤのセロテープが付いた小さな紙袋とか、どう見てもゴミとしか思えないものまで大事にとってある。

 

こんなものごっそりまとめて捨てりゃいいじゃんと思うかもしれないけれど、

そのどう見てもゴミだと思うものと一緒に、証券の運用実績通知の封筒が紛れているという具合で、紙類もいちいち確認しなくちゃ捨てるに捨てられない。

 

たまに紙ゴミの中から

旧札の聖徳太子や今や貴重な二千円札が出てくるなんてこともあり、気が抜けない作業なんだよ。

宝探しみたいで楽しかったりもしたんだけどね。

 

まあ、そんなこんなで、義母が入院中から紙類と格闘し、ようやく一段落したって感じ。

幸い借金はなかったので、そこんとこはホッとしたけれど、同じデパートのクレジットカードを何枚も持っていたり、パスモが5枚も出てきたりと、晩年はものの管理ができなくなっていたんだと改めて思った次第。

 

私たちは月に1回から2回実家に顔を出し庭の世話などをして、その度に、いい年をして義母からお駄賃の一万円を貰っていたんだよね。

嫁いでから37年。

いっぱいお世話になったし、いっぱい教えてもらったのに、もらってばかりで義母の病気のことを気付かずにいたのが申し訳なくて。

 

昨年の夏、

庭でバーベキューをした時、

七輪の使い方が分からず、義母に教えてもらったのが、義母から学ぶ最後だったなぁ。

「今の若い人は、七輪で火をおこすなんて知らないよね」。

その時義母はそう言ったっけ。

 

私は滋賀県から東京に嫁ぎ、仕事もしていたので、年老いた自分の父と母に十分にお世話ができないまま死別したことが心残りで、自分の親にできなかった分まで義母をお世話をしたいと思っていたのに、十分にできなかったなぁ。

 

義母の最期の時、涙が止まらなかったのは、そういう後悔の気持ちがあったからなのかなぁ。

近くに引っ越してきた97歳の義父のサポートを十分にすれば、後悔することなく天国に送り出せるのかなぁ。