あの日から10年過ぎたんですね
私は3.11の当日は仕事中でした 職場が高層ビル内なので 物凄く激しい揺れで上司の 「机の下に隠れろ」 の大声で一斉に机の下に潜り込んでいました あちこちから聞こえる悲鳴が余計に恐怖を感じて心臓がドキドキしていて (もしかしたらこのまま死んでしまうのか?だとしたら痛いなぁ)って思って揺れるのに耐えていました 気づくと 隣の女の子と手を繋いでいて一緒に震えていました
急いで自宅に帰らないと と思ってテレビを見ると これは?現実なのか?と思う様な映像・・・ウソだ ウソであって欲しい
また 震えた 確か?私が「急いで帰りたいから近道して帰ろう」って言ったと思いますが そしたら上司が「裏道を歩いて人通りが少ないと何かあった時に見ている人がいないと危ないから少し遠回りになっても大きな通りを歩きなさい そして皆お水を買って持って歩きなさい自宅に帰って安全を確認したら食料の買物に行って日持ちする物を買物して」と指示されました
大きな揺れが少しおさまって余震のある中 徒歩で帰宅をしましたが 道路には人・人・すごい人 車の渋滞 泣きながら歩いている人達もいました 車椅子で一生懸命帰宅されている方も 小学生くらいのお子さんも一人で歩いていたりと・・・
現実なのか?これって? 頭の中が何だか様子が変でした 職場から徒歩で50分程歩いて帰宅して 家の中を見ると 棚の上にあった靴が床に落ちていて 仏壇の灰がひっくり返っていてその灰が開いてしまったタンスの引き出しの中にこぼれてしまい洋服も灰だらけになっていて 台所に行くと冷蔵庫が2~3歩歩いた感じに動いていて まずはかたずけるのは後にして大きな袋を持って上司の言う通り 近くのスパーに買出しに急ぎました まだ品物が豊富にあったので食パン インスタ食品 牛乳 お肉とかなりの量を担いで帰宅して それからかたずけを始めたのですが 主人と連絡がとれなくて 心配していた所夜遅くなってやっと主人も帰宅
ずっとテレビを見ながらかたずけをしていました 泣きながら そして何も信じたくなく・・・
夜中の3時頃まで主人とかたずけをして それから簡単に食事をして 眠れないのでずっとリビングでテレビを見ていました
思わず夜中でしたけど かたずけた仏壇にお線香をあげて手を合わせました
生きている事 明日いつもの顔に会える事が当たり前ではないと言う事
翌日も日用品の買出しに行きましが もう行列になっていました
そして月曜日には仕事に行きましたが 全然違う いつもと違う 職場の空気
どんどん現実的ではない情報を耳にする 自分だったら 自分の身内だったらと 思っても何も考えが浮かばない
ある方の言葉で 「生きているんじゃなくて 人間は生かされているんだ」って事 この言葉が今も印象に残っています
その頃はまだ 私も橋本病の患者にはなっていませんでしたが 3.11を教訓にして 防災用品の中には橋本病の患者の飲み薬のチラージンを常に備えております
震災から10年過ぎても忘れる事などありません
募金とアンテナショップでお買い物をする事以外は何も出来ていませんが もう少ししたら主人がお仕事をリタイヤするので 時間が出来ましたら 被災地に行って現在を見て来たいと思います