このブログは、誰かに話すほどでもないがどうしても話したいモヤモヤや意見、思考などを書き連ねるエッセイブログです(^^)/ 


▼プロフィール 1989年生まれ。女性。

2012年入職→2017年結婚→2020年出産→2022年育休復帰・5時間半時短勤務→現在


こんにちわ、萩です(^^)/


今日は職場で、ちょっとした後悔をする出来事が2回、立て続けに起こりました。


どんな出来事があったをお話しします(無駄に神妙ウインク


1つは、仕事復帰したての同僚に対する声かけです。

最近入職した同僚は、出産を期に専業主婦となり、数年ぶりに仕事復帰されました。現在は同じチームかつ席がお向かいさんの彼女が休憩中、腕をクロスさせたりしてストレッチをしていました。そんな彼女からを見て私は「疲れましたか」と声をかけてみました。彼女は「久しぶりすぎて体力がね」と笑顔で答えてくれました。その後も少し雑談をして話は終わったのですが、そのあとこんな気持ちになりました。「なんで最後に『無理しないで下さいね』って伝えなかったんだよ私ゲッソリそう思ったのです。自分の気遣いの出来なさに不甲斐ない気持ちになりました。


そして2つ目は、退社時のこと。私は時短勤務ですので、他のスタッフより先に退社します。通常ならその時間、スタッフ専用の出入り口は施錠されているため、遠回りをして玄関口から出入りしなければなりませんでした。しかしその時は、たまたま作業が行われていたためスタッフ専用の出入り口が開いていました。「ラッキー!」ちょうど外では、時々話す同僚が作業のために待機していました。人見知りな私は「何か声をかけて通らないと不自然だよなあ」と考えていたのですが、言い逃げるように「お疲れ様です!ちゃっかり通ります」とあ

した。

はい、皆さん意味分からないですよね。私も分かりません。意図としては、「たまたま開いていてので、卑しくもそれを見逃さずに私は通りますよ。てへ。」という感じです。そして後悔したのです。「また自分のことばっかり考えてるぞ私!イイ加減しろよ!」と。というのも、その同僚は寒い中、半袖で待機していたため、なぜそれを気遣う言葉かけができなかったのかと後悔したわけです(※その方の制服の仕様は半袖)。



そもそも、なぜそんな後悔をするのでしょうか?別に相手は何とも思っていないかもしれません。

恐らく私は、「仲良くなりたい」のだの思います。別に仲良くなりたくなければ、気遣いできなかったと悔やむ必要はないはず。気遣い合うことで

人はより良い関係を築けるものだと考えているのだと思います。

そこでひとつ、思い出したことがあります。子供のころ私は、クールなキャラクターを装っていました。交友関係は、決して広くなく「来るもの拒まず、去るもの追わず」がカッコイイのだと格好付けていました。そして「仲良くなりたい」なんて思うのはカッコ悪い、ダサいと考えていたのです。恐らくその頃だって本当は、同級生たちと仲良くなりたかったはず。でも、自分から歩み寄る方法が分からないし勇気がない。そんな弱い自分を隠すように、素直に歩み寄れる人を「カッコ悪」なんて言って、相手を下げることで自分の立場を守っていたのだと、今なら分かります。


大人になった今も、洋服についた染みのようにこびりついているのかも知れません。

私よ、仲良くしたいんだね。そんな気持ちを受け入れよう。

そして目を逸らさず、相手をよく観察しよう。そしたらきっと、自然に相手を気遣う言葉で出てくるはず。