「DON'T WORRY BABY ~私のラヴァー~」
第三部 VOL.12 By 片岡ナンシー
兄のヒョンビの長い入院生活で、チャムは出口の見えない暗いトンネルの中に居るような錯覚すら憶えていた。
母は兄の事故がよほどショックであったのだろう、こともあろうに、心配して家の様子を頻繁に見に訪ねてきてくれていた、兄の親友のソンジェオッパを兄のヒョンビと思いこむことで、ショックから自分で身を守るために正気を失っていた。
しかし、ソンジェオッパが母の精神のバランスを守るために、ヒョンビオッパになりきり、家に移り住んでくれ、母や自分に本当によく尽くしてくれた。
チャムは物心ついたときから、兄の親友で家にもよく出入りしていた、まるで王子様のように素敵で、地元の大きな病院の長男であり高嶺の花の憧れの存在である、このソンジェをずっと好きだった。
大げさに言えば愛していた。
しかし、ソンジェは成長とともにそのルックスの美しさはますます磨きもかかり、つねにソンジェを取り巻く美女達が周りを囲み、チャムは親友の妹という立ち位置でしか、ソンジェの前に存在することが出来ず、いつも遠くで羨望の眼差しでソンジェやその華やかな取り巻きの姿を見つめるのが精一杯であった。
そんなチャムだったが、いつしか自分を愛してくれる保育園の園長の弟である年上のボンサム氏と恋におち、愛し愛される歓びを知った。ソンジェを愛する気持ちになんら変化はなかったが、そのソンジェを愛するチャムをそのまま受け容れ愛してくれるボンサムに身も心も打ち解け、心を開きチャムなりに真剣に愛し始めたのだった。
そうして、心からボンサムを信じ生涯のパートナーとしてもお互いを意識し始めたその頃、ボンサムの娘が自殺未遂を起こし、ボンサムはアメリカにわたったまま音信不通の月日が流れた。
そんな矢先のヒョンビの事故で、ヒョンビは長く意識不明の状態が続いていたのだった。
入院費は保険でどうにかなると、ソンジェオッパの言われるままに任せていたが、実際のところは、ソンジェが実家の病院の院長である父親に頭を下げて、ヒョンビの入院を認めてもらって居たのだった。
その条件として、以前より進ませたかった大学院の博士課程をソンジェにとることを約束させたのだった。
チャムはその日も意識のないまま入院生活を続ける兄のヒョンビを見舞い、通い慣れたソンジェの実家の病院のロビーを通り、外に出ようとした。
その時、
「チャム!」
と聞き覚えのある、温かで大らかなその声を持つその人のひとがらそのままの、チャムが聞きたくて聞きたくて、眠れない夜を何度越したかわからないほど聞きたかった声が、チャムの背中の向こうで、チャムを呼び止めていた。
チャムはソノ声を聞いた途端、その声の持ち主が誰かをすぐに察知した。
しかし、後ろを振り返るに、振り返れなかった。
もし今、後ろを振り返ればこの、愛おしい声をもつナムジャをすぐにでも許してしまうことは目に見えていたから・・
こんなに長い間、自分を苦しめてきた相手をそんなにすぐに許すわけにはいかない・もしくは一生許さないか、選択はそう多いはずがない。
ソンジェは、長く親の言いなりになることを避け、歯科医師として悠々自適にくらしており、病院も優秀な弟のハビンに譲ることになんの抵抗感も感じていなかった。
そんなソンジェが、親に頭を下げ親の言いなりに大学院にまた編入し直し、生き直そうと考え直したのも、すべてチャムへの愛のためだった。
何度もチャムに自分の気持ちを伝え表現したつもりだったが、チャムは娘のために渡米したまま帰ってこないボンサムへの未練を断ち切れないのであろう、自分を頑なに受け容れはしなかった。
チャムの中にソンジェが自分を愛してる、などと言う言葉は存在していなかった。
ソンジェは常に憧れて、片想いで報われぬ愛であるのが、チャムの中で当たり前の常識であり、まさかあの雲の上の存在であったソンジェが自分を愛するなどという現実が自分の目の前に現れるなどと言うことは、ありえないことであった。
そんな現実の中で、かつての恋人であり、チャムが心を開き愛しはじめて裏切られたボンサムがまた突然現れたのである。
ソンジェを愛している。心の奥底のチャムが叫んでいる。しかし、自分はもうボンサムを愛し始めて、ボンサムを信じようと決めたのである。
そんな想いの交錯の世界が、狂乱したジョンスクの刃に刺され、チャムの意識が消えかかっていく脳裏に鮮やかに甦っていった。(to be continue)
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感動











