世の中には、神羅万象、ありとあらゆる事柄を勝負に置き換える類型の人がいて、それは屹度、内なる自らにとっては大変有益であるのだろうし、挑戦が人の本来的な情動と符合している以上、挑み続ける自らを育むのは、その人の人生と生き方を鮮やかに彩るものとなるに違いない。

人の価値観で人生を生きるほど虚しいものはないけれど、翻り、自らの価値観に拠る勝負と言う概念で人とその人生を量る事ほど愚かな事はない、人間関係をこれ悉く自らの価値土俵に上げ、勝っただ、負けただと騒ぎ立てる人の愚昧は、人をして厄介と面倒と困惑と疲弊の渦に落とすのである。

本来的に人生など、その人それぞれの人生があるのみである。例えば年間の稼ぎが多い事はそれ自体慶賀すべき事柄ではあるけれど、これを以て普遍的な意味合いで人生の勝者とするのは自らの愚かを世間に喧伝するようなものである。通帳の桁が大きいほど人生の勝者だと思う人は、毎日トイレに通帳を持ち込んで悦に入れば宜しい、それをうっかり世間一般の普遍的な価値だと思い込み、トイレの外で吹聴するならば、その人は阿呆の誹りを生涯に渡り受け続ける事となる。

トイレの幸せは、世間の幸せと異なる事を知るべきなのだ。

私は自らが預かり知らぬうち、他人の土俵に上げられている事が多い。いや、上げられる事自体は大変に光栄だと思うのだけれど、上げている事を私に告げ、挑みかからんばかりにして関係を築こうとする手合いがわりと多くて大変対処に困る。

「カタシは軽自動車に乗ってるが、オレはメルセデス・ベンツだ」

「カタシはSEIKOだけどオレはオーデマ・ピゲだ」

……知った事ではない。私は必要且つ自らが良いと思うものを身につけているだけで、彼の価値観で生きてはいない、加えて、やっとこの歳でカタシに勝てたわ、などとぬかす。何を以て勝っているのか私にはさっぱり理解ができない。過去に私が彼に勝っていたなどと思った事もなければ、私は彼を自らの土俵に上げた事など一度もない。私の土俵に上がるのはいつも私の分身である、そいつに負けなければ私はそれで良いのだ。

「神仏の化身」と森のお友達が揶揄する私であるから、彼のそうした理不尽も惻隠と憐憫の情と慈愛のもと穏やかに聞き流す事ができるけれど、私でなければ刃傷沙汰となってもおかしくない程に失礼な物言いである。

ただ、カタシは未だに独り身だが、オレは家庭を守っいる、と言う意味の発言には少々堪えた。それはなるほど、彼の言う通り私の負けかも知れない。

そして今一つ

彼の細君は以前私のガールフレンドであった。今も三日を置かず、彼の様々が私の元に伝言されてくる。もちろん武士の情であるから、その詳細はここに記さないし、今更彼女に逢ったりはしない。

そして何より、彼女の以前とその仔細について彼は知らないのだ。

彼にとって私は人生の敗者、それで良い。

聞けば平均的なトイレの大きさとは江戸間の一畳と同じくらいであると言う。

人よ、一畳の王となれ、一畳の中で自らを育み自らと戦え。一畳王はしかし、その価値を一畳の外に持ち出してはならぬ、その価値を人に強いてはならぬのだ。

ああ、いろいろあったけれど、まぁまぁかな…

おっ死ぬ瞬間に

そう思える人を人生の勝者と言う。王は王のままで勝者たり得ないのだ。

ふふ