御気遣いや、御心配、更には御叱りまでも頂き、その御陰をもちまして微熱は残っておりますものの書くに不自由なきまでに回復致し、カタシ恐懼の至りにございます。

皆様には幾重にも御礼申し上げますと共に、更なる御愛顧の程を賜りますよう御願い奉りまする。

熱の中には知恵熱と称するものもあって、一概に害悪となるものだけではないのであろうが、少なくとも一熱ごとに知能指数が二、三ポイントでも上がれば今頃は人類に貢献できる私であるのではないかとぼんやり考えもするが、よくよく考えても見れば知能指数の高さが必ずしも人類に貢献するものではないのは歴史が何より雄弁に物語っている。寧ろ賢い馬鹿と言うのが人類の害悪なのであって、キャリアを積んだ馬鹿ほど人に害悪を為すものはない。馬鹿はいっそ馬鹿で終えた方がよほど賢いし、人の為になると言うものだ。

然るに私はこのままで良いと言う結論に至るのだ。

発熱だけに留まらず、私には慢性の蕁麻疹と言う宿痾がある。宿痾などと言えば本当に癒えぬ病で苦しんでいらっしゃる方々に申し訳ないのだけれど、毎日毎日襲われる酷い痒みも、これはこれでそれなりに辛いものだ。

何とか薬で抑え込んではいるものの、服薬による眠気や、それに体が抗うのか動悸もするし、そもそも蕁麻疹の原因はストレスでもあるらしく、兎も角もこのように呑気気儘に見える私にも悩みの条々は尽きないのである。

この蕁麻疹が出続けて半年あまり。蕁麻疹患者としては既にベテランの域に達し、人呼んで上京区のマイスタージンマーと言われている。これはもちろんワーグナー氏の政治的人種的主張とは無関係である事は言うまでもない、イヤな奴がこの世のものとは思えない美しく荘厳な音楽を想像する、その底流にあるのは人の美しさに対する普遍性である。口で人に罵詈雑言を吐きながら、指先は天上の音と言うべきものを五線譜に記していくのだ。人の不思議と矛盾と可笑しみとがリヒャルト・ワーグナーと言う人には内包されている。

とまれ、昨日、三途の川の渡し場で私を冥府に旅立たせぬように私の手を引くベアトリーチェちゃんの仔細を皆様に訊ねたところ、その期待とは裏腹に果たしてそのような申し出は絶無であった。

現世にあってはフラれ続けの大変に私らしい、私ならではのお粗末なのだけれど、他方でこれは日本人女性らしい、心性の奥底に流れる含羞の美なのではないかと都合良く思い定め、名乗りのない事を自らの慰みとし、また次回の愉しみとしている。

その次回、現世に引き戻してくれる美女が現れずとも着々と準備だけば整えておかねばならない。

余談、と言うか、皆様の今後の為にもなるし、少々お耳に入れたい事がある。

冥府の裁きは通常七回あり、それで結審しない時は十回の裁きが設けられる。それぞれ十回の判事の総称を十王と言い、あの有名な閻魔王は五回目の裁きの判事である。

ではなぜ閻魔王ばかりが十王の中のスターダムなのかと言えば、閻魔王の宮殿にあると言う、人が現世で為した善悪を映す鏡があまりにも有名であるからだ。

このモニターを称して浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)と言う。ドラえもんですら持っていないスーパーハイテクノロジーモニターなのである。

備え有れば憂い無し、たとえ冥府の十王様の裁きを受けずとも私のような極道者の行き先は地獄に相違ない。

と、するならばこの世に生あるうちから用意せねばならないものが幾つかある。

まずはカロリーメイト、今回は特にメイプル味を持参しよう。

飲み水も用意せねばならないし、となればリュックも必要だ。

問題なのは現地のアトラクションで、例えば針山に登らされる事になれば普通の登山靴では無惨な事になってしまう。

このあと、ミドリ安全のホームページを閲覧して、地獄用の安全靴を探してみるつもりだ…

どのような状況をも楽しむ気持ちが、人をして人たらしめているのだ……　

私は人でありたい。

南無

向う岸