皆様には意外に思われようが、私はなかなかのカーマニアを自負している。愛車は35年前のドイツ製中古車だ。

シルキーシックスと呼ばれる3.5リットルの直列6気筒エンジンを搭載したカタシ号、型式はE24と言う。ここまで書けばカーマニアはにんまりとする筈だ。

普段は駐車場代がかからない山里の別宅に保管し、山里を徘徊する野生動物などにいたずらされないよう、区長ととみちゃんに管理を頼んである。もし、猿のやつが私のカタシ号を運転しようとしたら非常手段に訴えてでも死守せよ、と申し伝えてあるのだ。

ただし、これは古いクルマであるし、大きな声では言えないけれどエコとは無縁だ。加えて普段使いの利便性の問題から通常は小さな国産中古車カタシ号弍に乗って移動している。これはたいへん可愛らしく良いクルマだ。

思えば幼い頃から乗り物が好きだった。好きであったのに自転車には危ないとの理由で小学2年まで乗らせて貰えなかった。当時の男の子としては異例の遅さで、友達と共に遊ぶ事もままならず、行動範囲も狭い。

野球もした事がないし、専ら屋内と近くの商店街までの往復が私の世界の全てであった。

あの道の先はどうなっているのか、何があるのか、遠くに見えるあの山はどうなっているのか、想像の世界で私は遠い山野を街を自転車で走っていた。

小学2年の冬にようやく自分の自転車を手に入れたのだが、私には補助輪なしの自転車が乗れない。

生来が運動音痴で勘どころをつかむまで人の倍の時間を要す。

関西で言うところの、どんくさいやつ、それが私である。

数週間の練習ののち、自転車に乗れるようになった私は堰を切ったように家人が心配するほどの遠出を続けた。

ある時は虹が出たからと虹のたもとを目指したが行けども行けども辿り着けない、追いかけても追いかけても虹はつかめないのだと、私はぼんやり納得する。ずっと後年に科学的に虹はつかめないのだと知るに至るのだが、私にとって虹は詩情の世界の産物であるからつかめないのだと言う理解の方がしっくりと馴染む、そして科学とは何と野暮な学問であろうかと呆れるやら感心するやらした。

私にとって乗り物と共に見知らぬ土地を駆け抜けるのは物理でなくて詩である。

無論、物理的な展開の帰結として景色は移動し、山や草原に風の足跡を見、ガソリンを燃料とした内燃機関はトランスミッションを介して動力を路面に伝え、結果に於いてクルマは走る。

私の好奇心の赴くところ、物理学は詩情の下僕となり、詩の演出役に回る。

尽きる事のない好奇心と共に詩はあり、またそれを支えるものとして物理学はあるのだ。

地図、衛星写真はもちろん、グーグルアースなどにより地球の表面は丸裸である、でも気持ちの問題としては、まだ見つかっていない場所、島、森、山、或いは街があると思った方が楽しいではないか。

私の詩情の世界にはそれがある、物理科学で説明できない詩情の場所があるのだ。

虹を渡り、森を抜けて、誰も知らない場所に辿りつく、馬鹿げた事だと笑われても良い、私の詩に彼は出演していないのだから。

いひおほせて何かある

と芭蕉の翁は戒めた。全てを知る事は失うものも大きいのである

言いおおせる事のない詩情を

人は心に持ちたい

全てを説明し尽くさない、説明のできない想いを大切にして欲しい

例え世の森羅万象の仕組みを悉く説明できる状況に至るとも、人の心にはAIやグーグルアースに映る事のない未開の地が広がるのだ。