松竹映画『男はつらいよ』シリーズは48篇にも及ぶ、車寅次郎氏の愛の遍歴と蹉跌の物語である。

フラれる男としては私も寅次郎氏に比肩しうるほどの場数と経験をこなしているけれど、殊、戦後処理と言う点で私は寅次郎氏に遠く及ばない。

寅次郎氏には諦念があり、潔さがあり、清らかさがあり、そして悲しい作り笑顔がある。

私にはそれらがない。ないが為に新たな悲劇を生むのであるが、これは持って生まれた性分に類する事であるから今更致し方ない。致し方ないものは自らに律するものを課して対処するより他ない。何だかんだでモテていた車寅次郎氏に比べて、本物のフラれ男はつらいのである。

封建時代の身分制度の哀しみは様々あれど、その中の一つには職業選択の自由がない事である。

厳密には自らが属する身分の中で決められた職業にのみ就く事となる。身分を越えた職業選択は許されないし、先祖代々の職業を受け継いで行くのが身分制社会の本道とも言えた。

現代社会に於いてこれが最も目に見える形で展開されているのが伝統芸能の世襲制である。

江戸時代、歌舞伎役者などは居住地を強制的に決められ、町人との交際すら禁じられ、外出時には編笠が義務付けられ素顔を衆目に晒す事を禁止された。

役者の子は基本的には役者になるより他なく、一般社会とは隔絶された河原者の社会で生きて行かざるを得なかったのである。

それは大名跡の千両役者であろうと例外ではなく、役者の子に生まれたならば役者になる「しか」選択の余地はなかった。

現代にも生きる歌舞伎役者の世襲制の素形がここにあるのだ。

近代の七代目松本幸四郎は研鑽の人で且つ大変な努力家であった。この人の子孫がこんにちの梨園で所謂大名跡を継いでいるのであるが、この人自身のルーツは三重県の土建屋さんであった。つまり、当代市川團十郎のルーツも松本幸四郎のルーツもここにあるのだ。

更に亡くなって後、十代目市川團十郎を追贈された五代目市川三升は慶應義塾を出た元銀行員であった。

私のような者には血統にこだわらず、門弟の中から華がある、稽古熱心で、歌舞伎が心から好きで、何より芸達者な人が名跡を継いで行けば良いと思う。事実がどうか別にして現代歌舞伎を既得権益集団と見る人もいるだろうし、一部役者の浮世離れした不祥事の数々に眉をひそめる人もいよう。

ただ言えるのは、明治以降身分から開放された筈の彼らが世間との新たな隔たりを作ってしまっている、或いは作ってしまっているように見えるのは残念である。

京都に住み、少なからず花街に縁があれば、役者たちの放蕩や傍若無人ぶりを耳にする事はあるし、また望むと望まざるとに関わらず当事者となってしまう事もある。

これを以て前述の私の見解を歌舞伎役者に対する私怨であるなどと言ってはならない、否定はしないけれど、それ以上は聞かないで欲しい。

なるほど、車寅次郎氏はいつも鮮やかであった。日本を代表する美女たちに想いを寄せ、そしてフラれて見せた。

女性から見れば滑稽な自己満足と自己陶酔に過ぎないのであろうし、つらいのは男ばかりでもあるまい。

昔々、男はつらいよを一緒に見ていた私のガールフレンドは寅次郎氏を評し

「こんな面倒臭い男、わたし絶対いややわ」

と、指折りの面倒臭い男の横で言い放ち、そして私にとびきりの笑顔をくれた。

若い日の私は確かに素敵な人を選んでいたようだ。

素敵でないのは、そんな人にフラれた私の方なのだ。

ああ、やっぱり。

カタシはつらいよ

今日の講義はこれでおしまい

今日はちょっぴり大人味でした

二代目車寅次郎襲名披露