テレビ


私が認識してるそれを端的に言うと『無くても困らない物』


なので、私はたぶん必要では無い人


まぁ、マスコミ批判は散々してきたつもりですが



テレビから流れる情報は、一定の方向性や思想を持っているものです

反証の可能性を示す場面はあっても、結論は変わらないよう守られて作られていて、やはり一定の方向性を保つよう意図的に作っている


建て付けとしては


政治的公平性の確保: 放送法第4条により、放送事業者は「公安及び善良な風俗を害しないこと」「政治的に公平であること」「報道は事実をまげないですること」「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」が義務付けられています。


なんて事になっていますが、やっていることは真逆です


コロナ禍が露骨にわかりやすかったですね


そして、テレビが持つ認識の方向性や空気は社会のマジョリティを結果的に作っている


テレビは洗脳装置だと言われる所以ですね


私も昭和の産まれなので、御多分に洩れず確実にテレビっ子世代


ガキの頃は楽しんでいたし、そんな娯楽が世の中の中心だった


ジーさんバーさんが、なぜドリフやひょうきん族を見せてくれないのか、まじで怒りを覚えたものです


特に、ジーさんの見る野球中継やバーさんの見る歌番組(演歌)は完全に敵だった


まぁ、私も汚れていない時期があったのでしょう


今となっては、テレビから流れてくる情報を無自覚に受動的に受け入れる素直さは無くなり、まぁ反射的に反論の姿勢を取ってしまう場合も多いのですが、自分なりに調べるきっかけとして消化しているくらいのものです


そういう見方をしているなら、別にあっても毒にはならない、と思いたい


俺がガキの頃みたいに、無条件に信じている系のジジババには毒でしかないと思える

悲しいかなジジババだけじゃないのだが、、、


考えたり、自分で判断したくないし、めんどくさい、失敗が怖い、なんて人には流されて生きることは逆に楽だし幸せなのかもしれないが


まぁ、私のように簡単には流されない、信用してないし、疑っているから大丈夫なんて考えていても、ある意味テレビの情報に流されている


マスコミ側から与えられたキッカケに、いいように揺さぶられているだけなのかもしれない


職場の喫煙タイムの会話でも、よく熊の話が出る


やはり、皆んなテレビを見ているし流されている


熊が怖いみたいだ


あんな子熊が


もし自分や家族が遭遇したら、なんて事態を想像してるに違いない


圧倒的に数で勝る人間が、知能も武器も備えている人間が、なぜ熊という種だけを狙って馬鹿騒ぎするのか、私は理解に苦しむ


熊に襲われて亡くなる人が日本に何人いるか


2025年13人、負傷者は238人


餅を喉に詰まらせて亡くなる人 年間で3500人


交通事故で亡くなる人 年間2500人


多くは語らないが、社会には許容出来るかどうかの物差しってのが必要だ。その議論すらしないまま、流される熊の報道に熱中するより、切り餅の販売時のサイズを細かくカットして売らなければならないという法整備を考えた方がメリットがあるってことになるんじゃないのか?(笑)


近場の街に熊が出たと捕獲作戦の様子が流れる


捕獲されたと情報が流れれば安心するのだろう


まだ捕獲されてないと聞けば、早く捕まれば良いと願ったり、不安を膨らませたり


おめでたい限りだ


なんで子熊が街に降りてくるのか、わかってると思うんだが




先週の台風報道でも散々聞いたが、あいも変わらず


命を守る行動を最優先にしてください


なんなんだそれ、何様だお前、どの口が言っている


それ、熊にも言ってやれよ


お前が毎日食ってる豚や牛にもな


なんの解決にもなりゃしないが


命に価値や重さがあるのか?熊と人でどう違う?生まれながらに種で格差があるとでもいうのか?





どこかで女性が刺されて、その場で死亡が確認されました


老人の運転ミスによる事故で若い親子が犠牲になりました


著名人がこんな発言をして謝罪しました


まぁ、こんな報道ばかりを毎日見て聞いていたら


人の命が何よりも大切なんだ


自然の脅威は恐ろしい、備えは各自でやらなければ


野生動物は脅威だ、どこで遭遇し、何をされるかわからない、山や川には近づくものではない、地方に行くのは怖いんだ


他人は怖い、いつ何をされるかわからない、人の多い都会は特に怖い


老人の運転は怖い、どこで被害にあうかわからない、運転免許を返還しない老人は害悪だ


そんな印象が自然と植え付けられる


まんま流されていると、他者との関わりを最小限にしたり、外出を怖がったり、マスクで他人との距離を測ったり、他者とのコミュニケーションを敬遠したり、人との関わりを狭めて孤立化していき、孤独になり、より不安になり、よりテレビに釘付けになるわけですね

そして人の命が大切で、自分の命が大切で、自分だけ助かりたいと願い、長生きするのが幸せだと信じるように誘導される


本来なら政治で解決すべき問題や、技術や法整備で解決出来る問題も、自分に何が出来るか、個人がどうすべきか、という方向に自然と持っていかれるように作られてます


コントロールしやすいクリスタル羊達の出来上がりです


多くの人がふんわり認識している常識や通説は、その多くをテレビが作っている


軽くテレビの歴史を振り返りましょう


日本で初のテレビ放送が始まったのは1953年


放送局はNHKと日本テレビ


プロレスや野球で盛り上がったそうだ


1953年ってどんな年か


1945年からのGHQの占領がサンフランシスコ平和条約を機に撤退した1952年の翌年です


全てを説明はしません


日本人はこれまでの魂を否定され、奪われ、虚無に襲われ、平和を愛する国として仮面を被らされ、生まれ変わることで生きることを許されたのです

まぁ金儲けだけはさせてやるから、と


GHQの指導で日本人が再び立ち上がらないために、スリーエス(3S)政策が施されました


セックス

スポーツ

スクリーン


性的娯楽、スポーツに熱狂させる、映画や映像メディア普及による大衆化


日本人の牙抜き、大衆化が目的


政治や社会問題から目を逸らすことも目的


一言で言うと愚民化政策です


ちなみに、1950年に日本放送協会が解散され、NHKは公共化されました

占領下で


そういうことです


テレビ放送の始まりから日本人を愚民化する目的だったことは、資料として証拠があがってますから


真面目な日本人は、それをそのままに受け入れ、戦後復興をテレビの歴史とともに駆けてきたわけです


まぁ、まだ戦前の魂が死にかけていなかった面もあったでしょう


それは私も感じます


爺ちゃん婆ちゃんの戦前の世代とも繋がりがあったギリギリの世代だし


俺らの親世代、いわゆる団塊の世代の思想は結構ヤバいと思ってます

まさに自分の親を否定する、否定しないと生きていけず、アメリカさんの手のひらで踊らされていることを自覚する暇もなく、働きまくって成功体験を積み上げてしまっている

教育とメディアの影響で左翼的な思考の人も多すぎる


戦前の世代は、息子、娘から馬鹿にされ、否定され、社会からも否定され、萎縮して語れなくなってしまった

昭和の時代のアニメとか、今見ると気づく

だいたい父親が頼りなくて何言っても空回りするような設定なのだ

代表的なのはなんだろう

ちびまる子とか、クレヨンしんちゃん

サザエさんも近しい

バカボンもかな

ガンダムもそうかも?😂


戦前の魂

もう、その残り香は消え掛かってます


テレビ放送も下火でオワコンだって言われてますが、俺ら世代が消える頃には自然に終わるとして、それまで日本が生き残っているかが心配ですね


割と、今の若者はそんな高度成長期で生きた世代を冷静に見ているかもしれません


心配することないのかも知れません


会社で若者と接する事がありますが、うむ


楽観できないんだよなぁ


遊びも仕事も、本気でやらない


自分の事も他人事のような感覚の若者が多いと


そう感じています


おそらくネット社会の影響かと


その話はまた今度にでも





テレビ


皆さんには必要ですか?